40年ぶりの政策転換がもたらす景色(澤上篤人)
「ゴキゲン長期投資」のススメ さわかみ投信創業者
1970年代から80年代前半にかけて、世界はインフレの嵐に襲われた。その元凶は、2度の石油ショックである。原油価格は戦後ずっと1バレル3ドル以下だった。それが73年10月に同10~11ドルになり、79年末から80年初頭にかけて同30~34ドルにまで急騰した。
エネルギー価格が10~11倍に上昇すれば、公共料金をはじめ、あらゆる物価が跳ね上がるのは避けられない。それが、世界的なインフレを引き起こした。
原油価格の高騰で潤った産油国は別として、世界の経済活動はズタズタにされた。エネルギーをはじめとする生活コストの急上昇で、個人消費は大きく減退した。その結果、非産油国はどこもマイナス成長に陥った。経済活動の大混乱と急速な縮小に直面し、各国は大々的な資金供給を実施した。同時に、インフレ圧力を抑え込もうと金利を大幅に引き上げた。

景気対策としての資金の大量供給とインフレ抑止のための金利引き上げは、相矛盾した経済政策だ。しかし、非産油各国はそれを余儀なくされた。米国では長期金利が一時的に15.8%まで上昇した。インフレの抑え込みにはそれなりの効果を上げたが、景気は長く落ち込んだままだった。それを当時は「ディスインフレーション」と呼んだ。インフレはさすがに鎮静化に向かったが、景気回復は道遠しという状況が続いた。
恐らく今回も、40年前と同じような展開となっていこう。世界的なコストプッシュ型インフレ圧力は、案外と長く続こう。もっとも、インフレの上昇率はどこかで低下し始めるだろうが、そこまでに上昇した諸物価が元の水準に戻ることはない。
原油価格で見ると、第2次石油ショックで1バレル30ドルを超す価格に跳ね上がった。その後、インフレの猛威は鎮静化したが、原油価格は高止まりしたままだった。今では1バレル80~90ドルに定着している。
マネタリズム経済の破綻
40年前はインフレ抑止で高金利に走った。だが、その後はディスインフレ対策で各国は政策金利をどんどん下げていった。実際、世界の金利はずっと低下し続けた。米国では83年から2022年2月まで39年間、10年物国債でみた長期金利は下げの一途だった。
その間、世界各国、特に先進国は金融緩和をどんどん進めていった。1980年代には石油ショックからの回復のため、その後米国同時テロやリーマン・ショック、コロナ感染防止を機に大量の資金供給が実施された。
とにかく金融緩和政策の深掘りで、経済成長を図るという施策を、これでもかとばかり繰り返し進めてきたのだ。ついに2019年には、利回りがマイナスの債券の残高が、世界で17兆ドルに達する事態となった。つまり満期まで保有しても絶対にプラスにならない債券投資に、17兆ドルの資金が群がったのだ。
ところがその後、状況は一変した。特にこの1年間、世界的なインフレ圧力が高まり、日本を除く先進各国は政策金利の引き上げを余儀なくされた。40年ぶりの政策転換であり、マネタリズム経済の破綻を意味する。
そもそも金利をゼロにして資金を大量に供給すれば、経済が成長するという考え方がおかしい。金利は儲けの指標であり、「いくら稼げるか」という期待なくして経済活動はあり得ない。一方、あまりに金利が高くなると、コスト負担というブレーキとして働く。金利は経済を動かす起爆剤であり、過熱化にブレーキをかける存在でもある。これは経済の常識だ。
「当たり前の経済」の復権
ところがこの40年間、金利をゼロにすれば経済は動き、成長すると信じられてきた。金利をゼロにしてマネーの供給をジャブジャブにすれば活気づくのは、金融マーケットだけだ。1980年代から今日まで、世界の金融マーケットは爆発的な発展を遂げた。その結果、一部の金融成り金は大いに潤ったが、大多数の国民は低所得化に追いやられたではないか。
40数年ぶりのインフレ高進と金利上昇は、大きな転換期の到来を示唆している。どちらも一時的には世界経済を混乱させるものの、長い目では「当たり前の経済」への回帰だ。すなわち、金融政策といった人為的なものではなく、金利の上下変動により、経済活動全般が自動的に調整される経済本来の姿が復活するのだ。
そうなると、企業も経営力によって大きな差が出る。まさに、個々の企業を丁寧にリサーチするアクティブ運用の出番なのだ。
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締役を務めた後、96年あえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。
著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP(2022/12/21)
価格 : 750円(税込み)
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