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日銀新総裁で金融政策転換 でも日本株に楽観的な理由

エミン・ユルマズの未来観測

日銀の金融政策は遠からず大きな転換を迎えるでしょう。既にそれを予想するゆえに、株式市場や為替市場が動揺しています。しかし私は、本来ならもっと早く転換されるべきだったと思いますし、たとえ大転換が行われるとしても、日本株市場の行方を悲観する必要はないと考えています。

日銀が現在採用している政策は、2016年に始まったYCC(イールドカーブ・コントロール)です。13年に就任した黒田東彦総裁がまず行った量的・質的金融緩和は、主に国債などを買う「量」の目標を決める政策でしたが、大量購入を続け過ぎたせいで、国債の特定の銘柄については、ほぼ日銀が買い占めた状況を作ってしまいました。そこで16年以降はコントロールする主な対象を「量」から「金利」に変え、買う量を減らしながらも景気刺激効果を維持しようとしてきました。

しかし市場環境として長期金利に上昇圧力がかかれば、YCCでも結局国債の大量購入を強いられます。世界のインフレ傾向が強まる中で低金利の維持に無理が生じ、長期金利の誘導目標の上限は0.1%、0.25%と段階的に引き上げられてきました。22年12月に日銀がやったのは、この上限を0.5%に引き上げることです。これがサプライズとなり、日本の金利上昇観測から円高が進みました。

市場はもう黒田さんを気にしていない

それでも無理がある状態は続きます。投資家たちは、23年1月の金融政策決定会合でさらに上限が上がると予測し、会合前には2営業日連続で、長期金利が0.5%を突破。日銀はそれを抑え込むために、1月だけで過去最大の23兆円以上の国債を購入する羽目になりました。

実際には、日銀は1月の会合で誘導目標を引き上げず、強力な緩和の継続を強調しました。しかし、ドル・円相場は政策発表の直後こそ円安に振れたものの、すぐに発表前よりも円高になりました。市場は既に黒田さんを気にせず、ポスト黒田による変化を見据えているのです。

日銀としても、総裁交代後の4月以降の方が動きやすいでしょう。3月や4月にも商品値上げのニュースは続きます。日本でもついに、昨年12月のCPI(消費者物価指数)の前年同月比伸び率は4%に達しました。サービス価格の上昇は遅れるので、モノの価格の上昇率だけなら10%近いわけです。インフレ対策を求める世論の圧力は高まり、政策転換の背中を押します。

量的緩和もYCCも、その時々の状況に対処するためのツールでしかなく、必要がなくなればやめてしかるべきです。もともと黒田さんが量的緩和の目的にしていたインフレ率2%は、世界経済の構造変化もあって達成が容易になりました。そもそも賃金の上昇や需給ギャップの解消、経済成長といった課題を、すべて金融政策で何とかしようとするのが間違いで、それは政府や各省庁の仕事のはずです。黒田さんが間違っていたわけではなく、日銀はもう十分に役割を果たしたのです。

そもそも日本でも、以前からインフレは起きていました。例えば国際通貨基金(IMF)の住宅価格に関するリポートによると、平均年収に対する住宅価格の倍率は、過去7年で約12%上昇しています。消費者物価が上がらなくても、量的緩和は資産価格のインフレを起こします。実需ではなく余剰マネーで起きる資産インフレは決していいものではありません。これ以上住宅価格が上がれば、若年層は一生家を買えなくなってしまいます。住宅価格を抑えるために金利を引き上げてもいい状況です。

インフレ率が高いのに日銀が緩和を続ける理由は「賃金上昇を伴っていない」こと。しかし、日本国内の賃上げも目前のはずです。台湾の半導体メーカー、台湾積体電路製造(TSMC)の工場が熊本に進出することで、九州では既に賃金上昇圧力が高まっています。国内の求人増加で起きる、極めて健全な賃金上昇圧力です。

金利上昇による日本株のダメージは小さい

23年1月の金融政策決定会合で、長期金利の上限引き上げやYCCの撤廃がなかったのは、円高を恐れたためでしょう。YCCの代わりとなるスキームを用意せずに単に撤廃すれば、1ドル=120円割れまで一気に円高が進む可能性もあります。日本は今も大企業の多くが輸出主導で、120円割れの円高は確かに、経済への悪影響の方が大きい。120円台は、輸出企業と輸入企業の双方にとって居心地のいい水準です。

しかし、代替スキームさえしっかりしていれば、過剰な円高は防げます。例えば、金利の誘導目標は撤廃しても、国債の大量購入を行える枠は維持するやり方も考えられるでしょう。「常に国債を買い続けるわけではないが、買おうと思えばいつでも大量に買える」仕組みがつくれればいい。急な円高さえ防げれば、金利が少し上がっても、日本株への悪影響は限定的でしょう。

金利上昇で最も悪影響を受けるのはグロース株ですが、GAFAMなどのビッグテックの存在感が大きい米国株と異なり、大半の日本株は世界的に見ればバリュー株。むしろ金利上昇が恩恵となる金融株が、日本株インデックスの中で高いウエートを占めています。

日本のグロース株、例えば東証マザーズ指数は、22年に既に大幅に調整し割安感さえ出ています。そして日本で起きる金利上昇は、1年で政策金利を4%超上げた米国のようにドラスティックなものになるとは考えにくく、行き過ぎた緩和を維持する方が危険です。

エミン・ユルマズ トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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