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円安に逃げて、円安におののくお粗末さ(澤上篤人)

「ゴキゲン長期投資」のススメ さわかみ投信創業者

1971年8月のニクソン・ショックで、それまで1ドル=360円だった為替レートが同308円に引き上げられた。突如の円高となり、日本中が震え上がった。とりわけ輸出企業を中心に、産業界はこの難局をどう乗り切っていくかで大騒ぎとなった。

日本製品が世界市場で生き残っていくには、予想もしなかった大幅な円高をカバーするだけのコスト競争力をつけるしかない。各企業は必死の経営努力を重ねた。それが功を奏して、日本企業の国際競争力が高まり、73年10月に発生した第1次石油ショックも、79年末から80年初めにかけての第2次石油ショックも、それぞれ3年弱で乗り切った。世界に先駆けて驚くべき快挙を成し遂げたのだ。

その後も円高は進み、85年9月のプラザ合意で1ドル=250円だった為替レートは同125円に修正を迫られた。一気に2倍の円高だ。さすがに、「これはきついだろう」という見方で、米国をはじめとする諸外国は一致した。ところが、日本企業は「もうお手上げだ」と言いながらも、生き残るためのすさまじい経営努力を重ねた。そして、2倍という超円高を克服してしまったのだ。それどころか、95年には1ドル=79円台を付けるまでに円高対応力を高めた。その間、弱い企業はどんどん淘汰されていった。円高という逆境を耐え抜いて国際競争力を高めていった企業群が、強い日本経済を支えた。厳しいけれど、極めて健全な適者生存の経済運営を日本企業は先導したのだ。

甘えに走り出した日本企業

85年のプラザ合意を機に、日本は政官が主導して内需拡大に大きくかじを切った。米国などからの政治圧力もあって、輸出主体だった産業構造を内需中心へ切り替える政策を次々と打ち出した。同時に、金利をどんどん引き下げていった。内需シフトの代表例が、リゾート開発法案である。それが低金利を背に全国津々浦々で乱開発を繰り広げ、土地取引の大ブームに火を付けた。80年代後半のバブルの始まりである。

多くの企業も、土地や株式の財テクにのめり込みだした。一方で、米国との貿易摩擦を避けるために、半導体などへの投資を大幅に削減してしまった。その間隙を突いて、はるか後方を走るにすぎなかった韓国のサムスン電子などが巨額投資を重ねて、今日の隆盛を極めていった。

同時に、産業界を挙げて円安誘導の大合唱を始めた。それまでの、自助の精神でコスト競争力を高めようとする経営努力や、積極果敢な投資を抑え、ひたすら国に円安政策を求めるだけの甘えに走ったわけだ。それでも、長年にわたって培ってきた日本経済の地力もあって、円高は95年に1ドル=79円台を付けるまでに進んだ。

残念ながら、そのあたりからだ。日本経済の弱体化が目立つようになったのは。例えば、この20年ほどは日本企業の生産性が低いと散々言われているではないか。そんな表現は、90年代初めまで一度たりとも聞かれなかった。そう、円高傾向と必死で闘っていた間の日本企業は、世界でも抜群に強くなっていった。ところが、円安に逃げ出してからというもの、日本企業は一気にだらしなくなってしまったわけだ。

円安はいいことなしだ

そもそも、一国の通貨が強くなるということは、経済力や国力が高まっている証拠である。国民の生活もどんどん豊かになっているわけで、歓迎こそすれ忌避するものではない。好例がスイスである。しばらく前までは、円高とスイスフラン高が双璧をなして、国力の高まりを謳歌していた。ところが日本は先にも書いたように、円安に逃げた。そして、見る見るだらしなくなっていった。

一方、スイスは通貨高に対応すべく産業強化の努力を重ねた。例えば、世界に冠たるスイスの観光業だ。日本のように円安を利してのインバウンド観光ではない。「スイス観光は、通貨をはじめ何もかも高くつくが、それ以上の満足を味わえる」という世界的な評価を高め続けている。スイス国民はどんどん豊かになりつつ、観光業も隆々としているのだ。

日本は円安、つまり割安さによって、海外からの観光を誘っている。いわば安売りだ。それに対してスイスは割高とはなるが、それ以上の価値を海外からの観光客に認めさせて、堂々と勝負している。どちらがより高度な戦略かは言うまでもなかろう。日本経済の弱体化が不安視されている現在、国民も企業も真正面から経済力、さらには国力強化にまい進すべきだ。

澤上篤人(さわかみ・あつと)
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締役を務めた後、96年にあえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。
日経マネー 2022年6月号 波乱相場でも上がる 強い日本株
著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP (2022/4/21)
価格 : 750円(税込み)
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