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米国にデフレのサイン、格差問題に根深さも

エミン・ユルマズの未来観測

世界的にインフレが進む中、米国の先行指数(数カ月先の景気を示す)で、デフレに向かうサインが見え始めています。典型例は、2年物国債利回りと10年物国債利回りの「逆イールド」です。通常高いはずの10年債の利回りを、2年債の利回りが上回るこの逆イールドの発生は、米国が今後、景気後退に陥る可能性を示しています。

米連邦準備理事会(FRB)が景気を占う上で参照している米消費者物価指数(CPI)は遅行指数です。これは景気に対して3カ月から半年遅れで反応するもの。資産価格などの上昇を受けて企業が値上げに踏み切り、物価が上昇するまで、タイムラグがあるためです。データに表れるのに時間がかかるCPIの上昇を先に察知できず緩和を続けたのはFRBの政策ミスです。

実際、FRBは昨年の時点で利上げを実施すべきであったにもかかわらず、CPIの上昇率が低いとの理由から金融引き締めに動きませんでした。コモディティー(商品)などの資産価格が上昇していましたが、遅行データを参照したのです。結果、FRBは今年に入り、リセッション(景気後退)入りするとの警戒感があるにも関わらず利上げせざるを得ないという最悪の状況に追い込まれました。

銅価格は下落基調に

足元では、インフレの主因であったコモディティー価格が天井を付け、下落し始めています。代表例は銅です。銅価格は景気の先行指数と位置付けられています。半導体や電気製品など生活必需品の原料として使われており、コモディティーの中でも景気敏感性が高いとされています。原油は、地政学リスクなどの投機要因で大きく変動する商品性がありますが、ウクライナ問題が未解決なのに価格は上昇基調にありません。

現在、インフレがピークアウト、またはピークアウトに近い段階まで来ているにもかかわらず、FRBは遅行指数に反応して利上げに動いた――。後々それが分かった段階でFRBの政策は批判を浴びそうです。

その意味で日銀がなかなか引き締めに動かなかった理由には、インフレがいずれ落ち着くとの見通しを持っていたこともあるでしょう。日銀は、現在の物価高の大きな要因は資源価格の上昇であり、これによる物価押し上げ寄与は「先行き薄れていく」との見立てを持っています。日銀が利上げにかじを切らなかったのは間違いではなかったのかもしれません。

ただし、金融緩和による行き過ぎた円安は生活には悪影響です。直近の円相場は1ドル=135円前後で、昨年末から2割近く、円安・ドル高が進んでいます。過剰な円安進行を受けて、7月には米アップルがスマートフォン「iPhone」など主要製品の国内価格を1~3割、大幅に引き上げたことが話題になりました。

私は以前から、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)の幅を修正し、過剰な円安を許容すべきでないと発言してきました。円相場の水準は1ドル=125円程度が妥当でしょうが、「悪い円安」が進む限り、値上げの波が続く可能性は高そうです。

日銀は大規模な金融緩和を9年余り前から続けてきました。しかし9年余りたって発生したインフレが「資源価格上昇によるもので、日銀が望むインフレでない」と言うのならば、そもそも「金融緩和」という方法が間違っていたことになります。必要なのは財政出動や企業のイノベーション、日本企業の生産性向上など、賃金インフレをもたらす根本的な改革です。

実際、物価が上昇していますが、賃金の上昇は追い付いていません。賃金の上昇率をCPIで割った数値は下落基調にあるからです。米国も同様で、コロナショック以降、その数値は下がり続けています。米国人の賃金は上昇していると思われがちですが、本当はインフレの上振れ率の方が高く、生活は楽ではないのです。これは米国人の消費行動にも表れています。例えば、米ミシガン大学が発表する消費者態度指数は6月に過去最低を記録し、消費者心理の冷え込みが示されました。

米国では中流階級が衰退へ

米国が日本と違うのは、人口が多く、土地が広く、万単位で存在する自治体がそれぞれのルールを持ち、独立心が強いこと。そのため、中央政府が全てを握れているわけではないことです。さらに、レーガノミクス(レーガン米元大統領の経済政策)以降の富裕層優先主義が、実質賃金や可処分所得を引き下げ、中流階級を衰退させ、格差を拡大させています。

日本では、例えば800万円の年収は悪くない水準です。教育や医療など、基本的な国のサービスは平等なので、子供を育てながら生活することは可能です。しかし、米国で同水準を求めようとすると、その3倍以上、つまり20万ドル(約2700万円)以上必要です。医療費と教育費は高いため、格差が縮まることはありません。

米国ではおよそ80年に1度、存亡の危機が起きています。過去3回のうち1回目は、1775~83年の独立戦争。2回目は、1861~65年の南北戦争。3回目は1939~45年の第2次世界大戦です。現状、そろそろ大きな危機が起きてもおかしくないタイミングに来ています。

格差問題は根深く、経済も行き詰っています。リセッションに陥った時に利下げに転じようとも、現在の利上げ幅では経済に与えるインパクトは限定的です。米国はデフレに少しずつ近づいているとみてよいでしょう。

エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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