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株安で動かぬFRB アメリカの景気後退が濃厚に

エミン・ユルマズの未来観測

足元で急激なインフレが進んでいます。米労働省が発表した5月のCPI(消費者物価指数)は、前年同月比で8.6%上昇し、当初予想を覆して40年5カ月ぶりの高水準を記録しました。2021年春頃から上昇し始めたCPIは、3月の8.5%をピークに下がり始めるとみられていただけに、この上昇は想定外でした。

止まらぬインフレを受けて、米連邦準備理事会(FRB)は6月、米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利を0.75%引き上げる大幅利上げを発表。市場では、FRBは政策金利が少なくとも3%台に乗るまで利上げを続けるとの見方が強まりました。

世界の中央銀行が次々と政策金利を引き上げ、欧州中央銀行(ECB)も7月に利上げを始める方針です。一方、日本は主要国で唯一、金融緩和を維持しています。日銀はもともと、長期金利を「0.25%程度」以下に抑える政策をとっており、新発10年物国債を0.25%の固定利回りで無制限に買い入れる「指し値オペ(公開市場操作)」がその中心です。通常、債券は残存期間が長いほど利回りが高く、右肩上がりのイールドカーブ(利回り曲線)が描かれます。しかし、指し値オペにより、残存7~9年の国債利回りが10年債利回りを一時的に上回るなど、債券市場にはひずみも生じています。

これを受けて日銀は6月、指し値オペの対象を10年物以外の7年物にも広げるとの措置を示しました。これは非常に危険なフェーズです。なぜなら21年にオーストラリア中銀が長短金利操作(YCC=イールドカーブ・コントロール)政策をわずか1年で撤廃したように、YCCを維持するのは非常に困難だからです。

強まりつつある日銀への圧力

外国為替市場での円安進行により、日銀への圧力は少しずつ強まっています。黒田東彦総裁は6月、為替市場の変動が大きくなっていることに対し、「急激な円安は経済にとってマイナス」との認識を示しましたが、進行のスピードがどうであれ、円安は物価高を助長し、家計や企業にとっての悪影響が大きいもの。今後、日銀がYCCの変動許容幅の拡大や停止を迫られる可能性もあるでしょう。

ドイツ銀行は、日銀の債券市場への介入の行き過ぎは、価格発見機能を低下させ、市場メカニズムの機能不全を促すという内容の警告をしています。緩和策のやり過ぎは金融システムを破壊する恐れもあるのです。

足元では金融資産の大幅な調整が続いています。中でも暗号資産(仮想通貨)の調整は激しく、世界全体の仮想通貨の時価総額は6月、一時1兆ドル(約135兆円)を下回りました。21年11月に3兆ドル(約405兆円)近くを付けたピークから約7割の減少です。

日経平均株価は7月上旬時点で、21年9月の高値から15%下落しました。同様に21年11月の高値比で29%下げた米ナスダック100株価指数と比較すると一見、下落率が小さいように見えますが、海外投資家が普段目にするドル建てで換算すると、実は下落率はナスダックとほとんど変わりません。

コロナショックのような急落局面では、株価指数は半分程度下落するケースが多く、それにのっとれば、今後、日経平均はドル建てで150ドル近辺まで下落する可能性があるでしょう。円建て換算値は為替動向により大きく左右されますが、1ドル=150円近辺の場合は2万4500円、逆に日銀がYCCをストップするなどの理由から1ドル=120円近辺まで円高が進行した場合は、2万円を割り込む可能性が高そうです。

市場では、足元の景気減速や株式相場の急落を受けて、FRBが9月に金融引き締めを停止するとの観測もあります。しかし、これには根拠がありません。

米金融政策の転換確率は低い

私たちが参考にすべき指標は、米財務省金融調査局が発表する「金融ストレス指数」です。米国内外の金融市場にどれくらいの緊張や不安が加わっているかを示す指数で、平均値がゼロになるよう設計されています。通常の金融市場の状態をゼロとして、ゼロ以下ならストレスが小さく、ゼロ以上なら大きいことを示します。

足元はゼロ以下で推移しているため、ストレスは平均以下。これではFRBは動きません。なぜならFRBがフォーカスしているのは、株安を食い止めることではなく、インフレを抑制することだからです。万が一、金融政策の方向転換があるとすれば、それは株が下がっている時ではなく、どこかの金融機関が倒産するなど、金融市場にシステミックなリスクが発生した時。従って、金融ストレス指数が大きく上昇する局面でない限りは、FRBが引き締めをやめたり、緩和政策に戻ったりするという見方は楽観的過ぎます。

足元では、米国経済の景気後退(リセッション)入りの可能性が高まっています。サプライチェーン(供給網)の問題など、FRBの金融政策では制御できない要素は多くあります。冒頭で述べたように、政策金利を3%に上げてもインフレが抑制できるかは分かりません。株価が調整している今、「PER(株価収益率)は割安なので株は買い時」という考えは安易でしょう。今後景気が悪化すれば、足元のPERはまだまだ割高と受け止められるからです。

難しい局面ではあるものの、株価下落リスクが低い高配当・低PBR(株価純資産倍率)株を選別して買うのがよさそうです。日本の優良企業はそうした株が多く、優位となるでしょう。

エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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