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埋没コストを捨て個人力を高めよう 澤円さんの直言

圓窓代表取締役、元日本マイクロソフト業務執行役員 澤 円さん

――日本マイクロソフトで業務執行役員を務める一方、「プレゼンの神様」とも称されるプレゼンテーションスキルで、社外でも数多くのセミナーや講演を手掛けてきた澤円さん。2020年に23年間務めた同社を退社し、独立しました。今年7月には『「やめる」という選択』を上梓。澤さんの「やめる」決断を後押ししたものとは?

新型コロナウイルスがもたらした世界の本質的変化、つまりグレートリセットです。パンデミックは世界中の人々の暮らしや働き方を半ば強制的に変えました。この根本的な変化を目の当たりにして、今こそ自分も動くタイミングだと思いました。新しい時代に向けて働き方、暮らし、時間の使い方など全てをアップグレードしなくては、と感じたのです。

加えて、当時の仕事に飽きていたということもあります(苦笑)。僕は退職するまで、マイクロソフトテクノロジーセンターのセンター長を9年にわたり務めてきました。もちろんテクノロジーは日々進化しているし、ずっと同じ仕事をしていたわけではないのですが、だいぶコンフォートゾーンに入っていると感じていました。失敗はしないけど冒険もしないという状況になっていた。「このままではまずいな」と思い始めた時に、コロナというきっかけが降ってきたのです。

――世界のルールを一変させるグレートリセットが起きたのは、25年ほど前、インターネットが登場した時以来だと指摘します。当時と今回のパンデミックに共通点はあるのでしょうか?

ビジネスという文脈で言えば、両者とも、人々のコミュニケーションの手段と位置付けに大きな影響を与えたことは共通しています。

インターネットの登場で、人々の主たるコミュニケーション手段は電話、ファクス、手紙からメールやチャット、SNS(交流サイト)に置き換わりました。コミュニケーションの手段がアップデートされたのです。

一方コロナ禍では、移動・対面が当たり前だったコミュニケーションがオンラインに置き換わりました。コロナ以降のビジネス上のコミュニケーションは、オンラインをベースに、どうしても必要な時は対面でする形に変化しています。これはつまり、移動・対面にプレミアム価値が付いたことを意味します。ネットの普及とともに、手紙の位置付けが変わったように、コロナは対面コミュニケーションの価値を大きく変えたのです。

――コロナ禍は日本社会が抱える数々の課題もあぶり出しました。

そうですね。例えば、働き方改革やリモートワーク普及の必要性は随分前から指摘されてきました。特に2011年の東日本大震災で首都圏でも計画停電などで移動が制限された時は、どの企業もリモートワークやBCP(事業継続計画)策定を進める機運が高まりました。当時は僕も色々な所でリモートワークやBCPについてのプレゼンをしましたが、その機運は一時的なもので終わり、全く定着しませんでした。

――なぜでしょうか。

変化しない方が楽なので、元に戻せるなら戻りたいと多くの人が考えたからではないでしょうか。10年前のタイミングで価値転換できていれば、コロナでこんなに混乱することはなかったと思います。

グローバルで仕事をしてきて感じるのは、日本社会は変化に対応するのがものすごく苦手だということです。今回も、「コロナが収束すれば、社会はすぐ元に戻る」という人がいますが、僕はそうは思いません。世界はもう元には戻らない。コロナ後の新しい世界で自分はどう生きていくのか、どう働いていくのかを考えた方が幸せなのに、過去の経験の延長線でしか物事を考えない人が少なくないように感じます。

――大きな変化を目の当たりにしても、過去の価値観や成功体験に縛られ、新たな一歩を踏み出せない理由は、「人生の埋没コストにある」と本書で指摘します。

「埋没コスト」はもともと経済学の概念で、簡単にいうと、この先何をしても回収できない資金や労力などのコストのことを意味します。それまでに費やしてきた資金や労力が惜しいという理由だけでその事業を続けてしまうと、結果として損失がより拡大する恐れがあります。

埋没コストの考え方を人生に当てはめると、過去にうまくいったこと、頑張ったことにこだわるあまり、その思考や価値観に縛られ続けてしまうことと言えます。

例えば、「せっかく今の会社で頑張ってきたんだから」「せっかく社内人脈をつくってきたのだから」といった理由で会社にしがみ付いているような場合。こうした過去の努力や成功体験への執着は、未来の自分にとっては何の意味も持たず、ただ人生を停滞させるだけの埋没コストになってしまいます。僕はセミナーや講座などで多くのビジネスパーソンと話をしますが、「頑張っているのに、うまくいかない」と感じている人の多くは、人生の埋没コストに縛られているように感じます。

――そこから脱するために「やめる」という選択が必要だと。

その通りです。まずは、自分が「やるべき」と思い込んでいることを棚卸しして、その中で特にやらなくていいかもと思えることを一つだけやめることを勧めます。

大切なのは、これまで当たり前のように続けてきた何かをやめると決め、行動を根本的に変えていくこと。過去ではなく未来に目を向けて、自分の人生はこの先、どうしたら豊かになるかという視点で思考し、そこに向けて行動する意識を持つことが重要です。

――これからのビジネスパーソンに必要とされるのは「個」としての力であるとも指摘されています。

日本ではこれまで、組織のルールにひたすら従い、忠誠を尽くすといった「我慢料」を払うことで、会社が一生面倒を見てくれるという時代が長く続いてきました。しかし、多くの人が気付いているようにそんな時代は続きません。

ビジネス環境が激変し、経営のかじ取りがますます難しくなる中、会社員であってもこれからは自立した「個」として仕事をコントロールし、価値を生み出し、マインドもスキルも自らアップデートできる存在であることを求められるようになるでしょう。他者から与えられた働き方をするのではなく、自分で仕事や働き方を選択し、主体的にキャリアをつくっていくのが当たり前になっていくと思います。そこで必要なのが「個人力」、つまり個として生きる力です。

会社以外の複数のコミュニティーに属し、様々な場所で力を発揮して価値を創造できる。こうした働き方にアップデートすることで、活躍の場所も人脈も広がります。個の力を高めておくことは、想定外の出来事で会社に頼れなくなった時のリスクヘッジにもなります。

――組織の在り方に目を向けると、激動の時代を乗り切っていけるのはどんな企業だと考えますか?

社員のマインドセットが一番重要だと思います。会社頼みのキャリア形成ではなく、自ら個人力を高めることの重要性を認識し、主体的にキャリアアップやスキルアップに取り組んでいる社員の割合が高い組織は強い。もちろん経営者がその価値を認め、支援する体制を整えていることが大前提です。

不安定な経営環境が続く中、これからは会社自体もある程度「コミュニティー化」しなければ生き残れないと考えます。社内だけでなく、外の組織や個人とも緩やかなつながりをたくさん持っておく。そうすれば事業環境が急変した時にも、対応に必要なモノや優秀な人材を招き入れやすくなります。

――働き手が個人力を高めるにはどんなことが必要でしょうか。

何より大切なのは、「ありたい自分(Being)」を知ることです。自分はどんなふうに働き、どんなふうに時間を過ごし、どんな人生を送りたいかを意識し、そこにつながる行動をすること。そのためには、自分自身との対話が欠かせません。

Beingをイメージしづらい人は、日々の暮らしの中で持つ違和感を大切にしてみてください。違和感は、ありたい自分と乖離(かいり)している思考や行動だからこそ生まれるものです。そのアラートを意識するだけで、「ありたい自分」が見えてくるはずです。

――仕事をする中でありたい自分を追求することには、どんな意味があるのでしょうか?

自分がやりたいことをやりたいように実践することで、仕事のパフォーマンスは間違いなく上がります。嫌いな仕事に違和感を持ちながら取り組んだところで、成果は出づらいし、多少の結果が出たところで、本来やりたいことでなければ充実感や達成感は得られません。自分がやりたいことで成果を上げて社会に貢献することが、より豊かな人生につながると僕は確信しています。

コロナによるグレートリセットは、他人が決めたルールや価値観に従うのをやめて、自分の作ったルールで生きる人生にシフトする絶好の機会です。今こそシンプルにやりたいことに集中して、自分が望む働き方・暮らし方・生き方を多くの人に手に入れてほしいと願っています。

(撮影/工藤朋子 取材・文/佐藤珠希)

[日経マネー2021年11月号の記事を再構成]

澤 円(さわ・まどか)
1969年生まれ。立教大学卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、97年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)入社。クラウドプラットフォーム営業本部長などを経て、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンター・センター長に就任。業務執行役員を務める。20年に退社。プレゼン力を生かした講演やセミナー、企業の顧問や武蔵野大学専任教員を務めるなど幅広く活躍する。『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術』など著書多数。
『「やめる」という選択』 澤 円著/日経BP/1650円(税込み)

新型コロナウイルスは世界に本質的な変化、いわゆる「グレートリセット」をもたらした。強制的に社会にリセットがかかり、時代が大きく変わる中にあっては、過去の成功体験を脱ぎ捨て、新しい行動に踏み出すことが重要だと著者。自らも23年間務めた日本マイクロソフトを昨年退社し、新しい働き方・暮らし方を実践する。過去のしがらみや価値観にとらわれるのをやめ、「ありたい自分」を見つめ直し、新しい時代を豊かに生きるためのヒントを提示する。

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