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米インフレ再燃 米国株「長い下げ相場」が始まる

エミン・ユルマズの未来観測

米国のインフレ再燃が決定的となりました。米連邦準備理事会(FRB)が年後半に利下げに転じるという、株式投資家の都合のいい夢は消え、米国株相場は再び下落相場に入ると思われます。

2月24日に発表された1月の米個人消費支出(PCE)物価指数は、総合指数が前年同月比5.4%増と市場予想の5%を上回り、伸び率が上昇に転じました。食品・エネルギーを除くコア指数も市場予想を上回る同4.7%増です。雇用も非常に強く、原油価格も中国の経済再開を背景に、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物価格は1バレル75ドル程度で下げ止まりました。あらゆる指標がインフレの再燃を示唆しています。

先日、米国を訪れたのですが、物価の高騰を実感しました。印象的だったのがチップ文化の暴走で、最低25%のチップを求められることもありました。米国ではタッチパネル決済のファストフード店でも、画面にチップの支払いが表示されるのです。

インフレを甘く見たFRB

インフレが再燃したのは、利下げ期待を潰しきれなかったFRBの責任です。FRBは政策金利を4.75%まで引き上げましたが、早期の利下げ期待から逆に長期金利は3.5%付近まで下げ、インフレ率よりも金利が大幅に低い緩和的な状態が続いていました。今の金利水準ではインフレ退治には不十分だということで、最終的には6%以上への利上げが必要になるでしょう。

FRBは当初から今回のインフレを甘く見ている向きがありましたが、いまだに甘く見続けているのでしょう。昨年末の消費者物価指数(CPI)伸び率鈍化を受けて、内心ではインフレへの勝利宣言をしていたのかもしれません。しかし、再び利上げペースの加速を宣言せざるを得なくなるでしょう。

米国の消費が底堅いのは、コロナ禍で決まった財政出動の影響がまだ残っているからかもしれません。また、経済面での「中国外し」や移民の抑制が政策として行われている以上、構造的にコスト上昇は続きます。中国から製造拠点を移転したくても、完全に中国を代替できるインフラや労働力を有する新興国は他になく、結果として進むのは日本を含めた先進国への移転で、品質は確保できても、コストは確実に上がります。

しかしどれだけ消費がしぶとくても、ハードな景気後退(リセッション)は時間の問題です。景気先行指数は昨年半ばから低下が続いています。景気先行指数に含まれる項目として特に信頼性の高いのが「逆イールドの発生」。短期の2年物国債より長期の10年物国債の利回りが低くなる現象で、債券の投資家がリセッションを予測していることを示唆します。

過去のハードリセッションでも、1年ほど先行して逆イールドが起きました。昨年後半以降、10年債利回りは2年債利回りを0.8%以上下回っており、この差は過去のハードリセッション前と比べても大きい。これだけはっきり先行指標が表れて、リセッションが軽く済むとは思えません。

「都合のいい夢」が終わる

株式投資家は今まで、非常に都合のいい夢を見てきました。リセッションは軽く済むので企業業績への影響は軽微だけれど、リセッションではあるので利下げは早期に行われ、株式市場の追い風になると、いいとこ取りの解釈をしてきたのです。

市場では長らく「悪いニュースはいいニュース」といわれ、リセッションを示唆する経済指標が出ると利下げ期待で株が買われ、強い景気指標が出ると利下げ期待が後退して株が売られるという状況が続きました。株価が全くファンダメンタルズ(基礎的条件)を反映していない、倒錯した状況です。

しかし現実に起こりそうなのは、インフレのしぶとさからFRBは当分利下げに転じられず、それによって今後起きるリセッションは非常に長く厳しいものになるという、期待とは正反対の事態です。

そもそも満期1年の米国債でも約5%の利回りが得られる中、配当利回りが1%台の米国株が選好される理由はありません。投資家が現実に気づけば、株から債券への資金シフトが起きるでしょう。

今後の米国株に起きる可能性が高いシナリオは、じわじわと長く続く大幅下落です。コロナショックのような、分かりやすく一気に下げるパターンではなく、何度も利下げ期待の再燃による反発局面を挟んでの下げになるでしょう。2000年のITバブル崩壊の時も、08年にかけてのリーマン・ショックも、本当に苦しい下げ相場はゆっくりと進むのです。

そうなった場合、日本株だけ無事とはいきません。日本の景気は先進国の中では相対的にマシなのですが、足元では景気先行指数が悪化してきており、決して楽観はできない状態です。

米インフレと利上げの再加速は、為替相場にも影響します。ドル・円の為替レートは一時1ドル=120円台まで円高が進みましたが、足元では1ドル=137円台に突入する場面も。既に200日移動平均線を円安方向に越えており、トレンドは転換したと見ていいでしょう。とはいえ、再び1ドル=150円台になるとは思いません。昨年と違い、今は日銀がいつ利上げを行うか分からないからです。

次に株式全般に強気になれるのは、インフレを完全に退治して、FRBが利下げに転じられる時。それが年内に来るとは今のところ思えません。

エミン・ユルマズ トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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