薄れるリセッション懸念、軽視される「上振れリスク」
広木隆のザ・相場道

1月下旬。日銀の政策変更を受けた急落、いわゆる「日銀ショック」前の水準をようやく取り戻したばかりの日本株市場に衝撃が走った。2022年4〜12月期決算発表シーズンの先陣を切った日本電産が、「23年3月期の純利益が従来の予想額の半分以下となる」という内容の大幅下方修正を発表したのだ。
発表の瞬間、筆者はちょうど日経CNBCの生番組に出演中だった。日本電産の決算速報にコメントを求められたが、詳しい中身は分からない。一言、「解せないですね」とコメントした。利益は大幅の下方修正だが、売上高は逆に上方修正されていたからだ。
つまり、単なる事業環境の悪化による下方修正ではなく、このタイミングで大幅に費用を増加させる「何か」が起きたことになる。後で決算発表の会見を見て合点がいった。「構造改革費用を計上する」というのである。そうであれば納得できる。
アップサイドリスクを軽視
一方で、市場では警戒感が広がった。これまで日本電産の業績は、日本の製造業の業績の先行指標となってきたからだ。アナリストの間では、「世界経済が減速傾向を強める中、市場は来年度の業績の下振れリスクを軽視している」との意見が飛び交う。
しかし、「世界経済の減速」という固定観念に縛られて、アップサイドのリスクを無視しているのはアナリストの方ではないか。今年の世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)では、各国の政財界のリーダーが世界経済について、そろって楽観的な見方を示した。
国際通貨基金(IMF)のゴピナート筆頭副専務理事は、IMFが経済見通しを上方修正することを示唆。23年後半から24年にかけて改善が見込まれると指摘した。ドイツのショルツ首相は同国がリセッション入りを回避すると確信していると述べ、中国の劉鶴副首相も中国経済は23年には全体的に改善するだろうと語った。
こうした見方はダボスに集まった金融機関のトップも共有していた。彼らはインフレが弱まり始めたことや、中国経済の本格再開をその理由として挙げる。
データにも変化の表れ
ゴピナート氏が示唆した通り、1月末、IMFは世界経済見通しについて23年の成長率を1年ぶりに上方修正した。世界経済の成長率見通しを2.9%とし、昨年10月時点の予測から0.2ポイント引き上げた。22年の3.4%成長からは減速するものの、成長率は今年で底打ちし、24年には3.1%に加速すると予想した。

景気後退に陥ると考えられていた理由は、「インフレが収まらず世界の中央銀行による利上げが長期化するから」というものだった。その前提が崩れれば、景気後退シナリオが実現する可能性が低下して当然だ。
「インフレの落ち着き」そのものが景況感を改善する面もある。典型例は欧州だ。1月のユーロ圏の購買担当者景気指数(PMI)は総合で前月比0.9ポイント上昇し、50.2と好不況の境である50を上回った。10月を底に3カ月連続の上昇だ。

記録的な暖冬で欧州のガス価格は急低下し、1月中旬には昨年11月末比で6割も安い水準だった。ユーロ圏の消費者物価指数の前年同月比で見た伸び率は、11月から1月まで連続で鈍化し、ピークアウト期待が出ている。インフレの緩和は家計を助け、消費回復につながる。企業のコスト高も軽減され、業績改善が期待される。
一旦コンセンサスが確立してしまうと、人々の予想はなかなか、そこから離れ難くなる。しかし実際には、変化は常に起きるものだ。「そう簡単には収まらない」と思われたインフレは、少なくともピークアウト感が鮮明であり、景況感を改善させている。そこに利上げの停止が加われば、ファンダメンタルズ(基礎的条件)は相当に良くなるだろう。
日本電産に話を戻すと、業績の下方修正要因は構造改革費用だ。売上高はむしろ上方修正しているので、事業環境が悪化しているとは読み取れない。実際、ファナック、信越化学工業などは上方修正している。IMFの予想通りならば、今後、世界経済は底打ちから持ち直しに向かうだろう。"世界の景気敏感株"とも言える、グローバル製造業が多い我が国の株式市場にとって朗報である。

著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP(2023/1/20)
価格 : 800円(税込み)
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