中銀デジタル通貨発行の動き加速 日銀も実証実験に着手
紙幣や硬貨に取って代わる? お金の未来最前線(上)

世界で中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)の発行をにらんだ動きが加速してきた。国際決済銀行(BIS)の調査では、中銀の9割近くは何らかの形で発行に向けて検討を進めているという。果たして現金がデジタル通貨に取って代わる未来は来るのだろうか。
CBDCはデジタルデータ
CBDCは100円玉や1000円札のような硬貨や紙幣とは異なり、デジタルデータとして管理・運用される。一般には、①デジタル化されている②円などの法定通貨建てである③中央銀行の債務として発行される――という3つの条件を満たす通貨を指す。
CBDCは、同じ金額を紙幣や硬貨で製造・流通・管理するよりも手間やコストが省ける。また、利用履歴が残るため、マネーロンダリングや脱税、違法組織への送金を防御できる点などが特徴だ。利用者には、銀行口座がなくても各種決済サービスを利用できたり、現金が不要となることで、紛失や盗難のリスクが低くなったりするメリットがある。収入や支出の状況が記録されることで、納税などの手続きが楽になることも期待されている。
一方で難点もある。例えばプライバシーの問題だ。デジタルで管理できるということは誰がどこで何を買ったのか、誰に渡したのかなど、履歴が全て把握できることになる。偽造やクラッキング(悪意を持ったコンピューターシステムへの侵入やデータの改ざんなど)に対する最高レベルのセキュリティー対策は不可欠で、技術的なハードルが高い上、中央銀行に取引データが集中し過ぎることなどが問題点として指摘されている。また、全ての店舗でCBDCへの対応が必要になることから、コスト面での懸念もある。
最大の難点とされるのは民間銀行預金との競合だ。CBDCは銀行預金と同様、決済や送金などに利用できるためだ。
既に発行されている国も
CBDCは現時点で、バハマやナイジェリアなど一部の国で発行されている。世界初のCBDC「サンドダラー」を発行したバハマは、銀行口座よりも携帯電話の普及率が高く、誰もが金融サービスを受けられる「金融包摂」が発行の主な目的だった。

今年の北京冬季五輪で「デジタル人民元」をお披露目したのは中国だ。五輪会場で、中国に銀行口座を持たない海外訪問者の決済用に、デジタル人民元がICカードを使って初めて提供された。五輪会場での1日当たりの決済利用額は、200万元(約3600万円)超になったとも報じられた。
中国政府がデジタル人民元の開発を進めることに危機感を強める米国は、「デジタルドル」の研究を加速する。米連邦準備理事会(FRB)が1月に公表した報告書によると、各国政府がCBDCの開発・検討を進める中、世界的にドルの利用が減少する可能性を指摘。米国もCBDCを発行することで「ドルの国際的な役割を維持するのに役立つかもしれない」としている。
また、各国がCBDCの発行を加速させている背景にはもう一つ、民間企業のデジタル技術革新がある。特に19年に米フェイスブック(現メタ)が公表したデジタル通貨「リブラ(現ディエム)」の発行計画は、通貨主権の侵害などを恐れた各国政府や中央銀行による規制論が強まった。
デジタル通貨フォーラムの山岡浩巳座長(元日本銀行決済機構局長、フューチャー取締役)は、「デジタル技術革新の下、民間側から通貨を巡る新たな動きが見られる中、中央銀行側もデジタル技術を活用し、通貨インフラの制御可能性の確保を図ろうとしている面がある」と語る。
日銀の実証実験進む
各国の中央銀行に背中を押される格好で、日銀も21年4月から、CBDC「デジタル円」の実証実験を始めた。日銀は「現時点においてデジタル通貨を発行する計画はない」としながらも、必要と判断すればすぐに発行できる体制を整えている。

実証実験は3段階で、最初の「基本機能の検証」については、3月に終了。第2段階では、保有金額に上限を設けるなど周辺機能の実現可能性を検証、第3段階では、民間事業者や消費者が参加する形で、実際の決済に使えるかを検証する。
また日銀は、決済システム全体の安定性と効率性を確保するために「中央銀行と民間部門の2層構造」の発行形態を基本とする。日銀がCBDCを発行し、銀行などの中間機関が利用者との接点を見いだすというものだ。野村総合研究所の石川純子シニアアソシエイトは「CBDCの導入に伴うコストや銀行預金など、資産に与える影響を検討すべきだ」と指摘する。
デジタル円の先行きをどう見るべきか。暗号資産(仮想通貨)の交換業を手掛ける楽天ウォレットの松田康生シニアアナリストは、「国内ではQRコードを統一することさえなかなか進んでいない」として、「CBDCは決済を全て一元化できることがメリットだが、最終決定権者である国民の理解がなく、現段階では迷走している」と続ける。山岡氏は「先進国のCBDCの検討はかなり慎重に行われている。CBDCの課題は十分認識しており、時間をかけて是非を検討していくだろう」と話す。
CBDCの実現が絵空事でなくなりつつあるとの期待は高まる一方で、普及に向けては長い目で見ていく必要がありそうだ。
(井沢ひとみ)
[日経マネー2022年7月号の記事を再構成]
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