働きがいを得ること お金のウェルビーイングのカギ - 日本経済新聞
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働きがいを得ること お金のウェルビーイングのカギ

お金のウェルビーイング(2)

1月のテーマは「お金の(ファイナンシャル・)ウェルビーイング」です。幸せについて多角的に考えるウェルビーイングの議論をお金の観点から考えてみようというものです。今週は「仕事」から得られる幸せを、お金と働きがいの2面で考えてみます。

年収は「全てではない」が幸福度を大きく左右

先週、ウェルビーイングは肉体的、精神的、社会的な満足の中に位置づけられる考え方であり、単なる幸福とは異なると説明しました。そのベースとして見逃せないファクターはやはり「お金」だと私は考えます。

明日の食費の不安がある人、来月のクレジットカードの支払いの余裕がない人に、心からの幸福は訪れません。未来の経済的不安もそうです。老後の経済的不安を抱える人はそうでない人と比べて幸福度は下がってしまうことでしょう。

ノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマンは行動経済学で有名ですが、幸福度についての研究もしています。一定の年収を確保できるまでは、年収と幸福度は比例するというものです。

そう聞くと「なるほど、多く稼ぐことが、ファイナンシャル・ウェルビーイングを高めるということですね」と考えてしまいますが、この調査にはオチがあります。日々の生活に不安がなくなり、一定の豊かさを享受できる所得水準を突破すると、年収増が必ずしも幸福度の増加につながらなくなる、というのです。

その分岐点は調査当時で7万5000ドルとなっています。

では、日本ではどうかというと「満足度・生活の質に関する調査」という内閣府の調査があり、2020年9月の第4次報告書では、世帯年収別に幸福度が低い割合(総合主観満足度2点以下)を示しています。

これによると、「年収100万円以上300万円未満」の世帯が14.5%と高く、「500万円以上700万円未満」の世帯では7.4%と半減、「700万円以上1000万円未満」の世帯では5.7%に下がります。しかし「1000万円以上2000万円未満」の世帯では4.8%までしか下がらなくなります。

イメージとしては、大卒初年度の年収ではまだ十分ではなく、キャリアを積み重ねて年収500万円を超えてきたあたりで少し落ち着きが手に入り、700万円を超えてくるとそれなりの経済的安定になるという感じでしょうか。これは日本で暮らすための家計の感覚として納得できる数字だと思います。

世帯の類型は様々ですし、幸福を個人が受け止める感覚はひとりひとり異なりますが、それでも一定の年収の確保が幸福度を左右することはいえます。しっかり働き、しっかり稼げる環境を確保することがあなたの幸せをつくる基盤となるのです。

まず考えるべきはキャリアアップで年収増

私の昔の話ですが、社会人数年目に無理をして実家を飛び出してはみたものの、借りられる部屋は築30年超の古いアパートでしたし、食費を削らなければ好きなゲームソフトも買えない日々を過ごしました。それはそれで楽しかったのですが、私が人生の幸福度をさらに高めるために必要なのは「年収を100万円増やす」ということでした。

20~30歳代の読者は、自分の能力向上をしっかりお金に換えることを意識してみてください。入社初年度のあなたの能力を考えると、会社があなたに投じる研修コスト等とあなたのアウトプットは逆転しているかもしれません。しかしあなたの経験や能力が高まっていくうち、「あなたの価値>年収」という状態がやってきます。

あなたの能力向上に応じてバランス良く昇格昇給をさせてくれる会社だったとしたら、「あなたの価値=年収」を意識してくれているいい会社といえます。しかし自分に見合う年収増が得られないなら、違う職場であなたの高い能力を発揮したほうがいいかもしれません。

ただし大前提となることは、自分自身の能力向上であることは忘れてはいけません。自分のビジネススキルの向上は、自分の経済的な幸福度を高める第一歩であるのです。そう頭を整理できれば、仕事をがんばるべき必要性も少し明確になってくるかもしれません。

年収増と並行して考える「楽しい仕事」の実現

かといって、年収が仕事と幸福度の問題の全てではありません。むしろ「稼ぎと働きがい」のバランスがポイントになってきます。

一定の年収を確保できるようになってきたら、社会に貢献できること、社内で自分の果たす役割が実感できること、同僚やクライアントとの良好なコミュニケーションが存在することなどが、より多くの幸福をもたらします。休息がきちんとあることも重要です。

たとえ年収1000万円を確保できていても、残業代がきちんと払われていたとしても、昼夜の別なく働き続けていては幸福を感じることはできません。

パワハラ上司のもとで胃を痛めながら働いている年収1000万円なら、和やかな環境でお客さんにも感謝されていることを実感できる職場で年収800万円のほうが、あなたの人生にとってはハッピーかもしれません。

ある程度仕事が身につき、自分のできることややりたいことが見えてきたら、「ちょうどいい働き方」も意識してみましょう。社内でのキャリアパスを考えるヒントにもなりますし、転職を年収以外の面で考えるきっかけにもなってきます。

これからの時代は働き方が多様化していきます。それは子育てや介護がある人は時短で働いてもいい、というレベルではありません。ひとりひとりの満足できる働き方で会社に貢献するようになる、ということです。

ウェルビーイングの研究では、幸福度の高い人材のほうが生産性が高く創造的な仕事を可能にするという考え方があります。楽しく働いている人はさらに自分の年収を高めるチャンスも得るかもしれません。

ところで、年収が低くても、働きがいの満足度が高い状態もあります。しかし、こうした職場はえてして年収はいつまでも上がらないことが多いので、自分のスキルが高まってきて「能力>年収」の状態が顕在化したら転職を決断すべきだと思います。

ブラック企業ならさっさと辞表を出していい

さて今回考えてきた「仕事とお金と幸せ」の問題、ブラック企業はさっさと辞めた方がいい理由をほとんど説明しているともいえます。

一般的にブラック企業は、

・残業が多い
・しかも残業代はちゃんと支払われない
・社員ひとりひとりの尊厳はおろそかにされる
・社員に暴言を吐く上司、役員がいる
・年収はそれほど高くない

といった特徴があると思います。こうした会社ではあなたのファイナンシャル・ウェルビーイングは高まりません。当然のことです。

こうした会社に長く居続けることは、経済的な安心を確保することにもなりませんし、働きがいからの満足を得ることもできません。あなた自身がただすり減っていくことになり、会社はあなたが倒れたら代わりを探すだけのことです。

自分の会社が社員を大事にしておらず、またしっかりとした報酬を払う力もないと感じたら、急いで新しい会社に転職をしましょう。メンタル面で危うい状態にあるなら、とりあえず辞めてから転職活動をしてもいいのです。

パワハラ事案などは会社都合の退職となりますし、会社が会社都合退職を認めなかった場合はハローワークに特定理由離職者の申し出をすることで、2カ月の待期期間を待たずに求職者給付をもらえることもあります。ガマンしすぎず、在職中に通院しておきましょう。後日の病状証明書提出につながります。

ブラック企業を考えることは、仕事を通じたファイナンシャル・ウェルビーイングを考えることにつながります。楽しく仕事をすること、自分の能力に見合う給与をしっかりと受け取ることは、私たちの幸せをつかむために大切なことなのです。

◇  ◇  ◇

FP山崎のLife is MONEY」は毎週月曜日に掲載します。

山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ)
フィナンシャル・ウィズダム代表。AFP、消費生活アドバイザー。1972年生まれ。中央大学法学部卒。企業年金研究所、FP総研を経て独立。退職金・企業年金制度と投資教育が専門。著書に「読んだら必ず『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」(日経BP)、お金の悩みは4マスで考える」(ディスカバー21)など。http://financialwisdom.jp

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