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馬渕磨理子さん「自分の意志貫くには経済的自立が必要」

経済アナリスト

――今は経済アナリストをされていますが、同志社大学では政治学を専攻され、京都大学公共政策大学院で修士号も取得されています。何を志していたのですか。

京都大学公共政策大学院は公務員の養成を目的としています。ですから、公務員を目指していました。小さい時から国の仕組みをつくることに興味があったんです。私は田舎育ちなんですけど、たまに都会に出るとホームレスの人をよく見かけて気になりました。「ここは都会なのに、駅とかで寝ている人がなぜいるんだろう」と不思議に感じて、これは何とかしないといけないと思ったんです。

そこで貧困に苦しむ人を支援するセーフティーネット(安全網)に関わる仕事をしたいと考えました。それを起点に勉強していくうちに国の仕組みをつくる仕事がしたいと思うようになって、国家公務員を目指したんです。

――ステレオタイプな見方かもしれませんが、国の制度づくりを担う国家公務員の総合職を目指すなら、京都大学よりも東京大学への進学を考える人が多いと思います。なぜ京都大学だったのでしょう。地元だからですか?

それは両親の希望をはねのけられなかったからです。大学は家から通えるところでなければダメと言われていました。就職についても、国家公務員になってほしいと両親は思っていなくて、地元の滋賀県で県庁の職員や教員になることを望んでいました。

母は高校の教師で校長まで務めた人で、父もJAグループのブランド米である「パールライス」を扱っている組織を経営し、半ば公務員的な仕事をしていました。ですから、自分たちと同じような人生を歩んでほしいという思いが強かったんです。なので、今でも経済アナリストという私の職業については快く思っていませんし、金融についても良いイメージを持っていません。

そうした両親と今は距離を置いていますが、若い頃は両親が好きだったので、期待に応えて評価されたいと思って、彼らが望む娘であろうとひたすら頑張りました。

就活で全滅、「自分には中身がない」と気づく

両親の価値観に従って生きてきて、自立していない。自分の主張がなく、中身は空っぽ。そうした姿を見抜かれてしまったのでしょう。国家公務員の試験に失敗して企業への就職に切り替えましたが、全て落ちました。

――全滅ですか。ちなみにどんな会社を受けられたのですか?

銀行や商社……。新聞社も受けましたね。大学生に人気だった業種は一通り受けました。

――なかなか入れる会社が見つからずに心理的なショックも大きかったのでは。

そうですね。小学校4年から大学院を修了するまでずっと学校とは別に何らかの塾に通って勉強していました。なのに、1社も受からない。自分の努力は何だったのかと思い悩みました。ですが、それよりもつらかったことがあります。それは「自分には中身がない」とその時に初めて気づいたことです。大学受験で2浪して大学院まで行きましたから、27歳になっていました。

――就活の末に関西の医療法人に入りました。どういう経緯で医療法人を受けたのですか。

大学院と並行して、簿記の学校に通っていました。そこで講師をしていた人が医療法人の経営に関わっていたんです。恐らく就活がうまくいかずに悲愴感の漂っていた私を見るに見かねたのでしょう。その医療法人に来ないかと声を掛けてくださったんです。

――医療法人に入ってどんな仕事に携わったのでしょう。

最初は大学院で学んだことを生かすため、政策提言にチャレンジさせてもらいました。その医療法人は在宅診療の大手だったので、遠隔医療や電子カルテを地域で普及させませんかという提言をまとめて、大阪市や地元の医師会に持ち込んだんです。今から10年ほど前のことです。当時はどこも聞く耳を持たず、ものの見事に門前払いに遭いました。

それで医療分野での政策提言はやはり難しいと判断されて、医療法人の経営陣から二者択一を迫られました。1つ目の選択肢は税理士の資格を取って税務関係の仕事をする。2つ目の選択肢は医療法人の資産を運用する――です。どちらも一からやり直すつもりで取り組めば、新たなキャリアを形成できると説得されました。

私自身も自分に中身がないことを痛感して生まれ変わりたいと考えていましたから、「やってみよう」と思いましたね。また5年勉強して税理士の資格取得を目指すのはためらわれたので、資産運用の方を選びました。

日経新聞、日経ヴェリタスで勉強

――資産運用を担当することになって、実際にどんな運用をされたんですか。

最初に手掛けたのは、FX(外国為替証拠金)取引です。またアベノミクス相場が始まって日経平均株価が上昇していたので、日経平均を対象としたCFD(差金決済取引)も手掛けました。証拠金でレバレッジを掛けて売買するトレードを毎日やっていましたね。株式市場が閉まっている時間帯にも売買できるサービスを利用して一日中トレードしていました。

――投資に当たってどんな勉強をされたのですか。

日々のニュースや日本経済新聞、マネー雑誌などの紙媒体で情報を入手しました。特に役立ったのが週刊投資金融情報紙の「日経ヴェリタス」です。日曜日にカフェで読むことを習慣にして読み込みました。最初は何が書いてあるのか全く分からなかったのですが、知らない専門用語に出合うたびにネットで検索して意味を調べて。半年たった頃に少しずつ記事の内容を理解できるようになりました。

――今でも印象に残っているトレードはありますか?

日銀が2014年10月に量的・質的金融緩和に踏み切った「黒田バズーカ第2弾」が発表された時のトレードですね。発表前には日経平均がだらだらと下がっていて、まだ下がるだろうと考えて、日経平均の下落で利益が出る売りポジションを組んでいました。そうしたら第2弾が発表されて一気に日経平均が800円ほど上昇し、組んでいた売りポジションは全額損切りを余儀なくされました。

この経験で、偏ったポジションを組むと大きな損失を被るリスクがあると思い知りました。それからは偏った見方をしないことを心がけ、重要なイベントの日程をしっかりと確認して、その前にポジションを軽くしておくといった対応を取るようにしました。

――失敗を反省して、その後のトレードに生かしたわけですね。一方で、大きな利益を上げた成功例で印象に残っているものは?

そうですね。4時間足のチャートを見て、ボックス圏で推移している時にボックス圏の天井に近づいたら、下落を想定した売りポジションではなく逆張りの買いポジションを組む。それでボックス圏を抜けて上昇した時に大きな値上がり益を狙うといったトレードでは、結構利益を上げていました。

――そうしたチャート分析はどうやって身に付けたんですか?

テクニカル分析を勉強して、日本テクニカルアナリスト協会認定のテクニカルアナリストの資格を取得しました。個別企業の株価は業績と需給で動くので、細かいチャートの分析はそれほど必要ないと思っていますが、FXや日経平均のCFDの取引ではチャート分析が必要です。ですから、テクニカルアナリストの資格を取得する勉強でチャートの見方を身に付けたことは役に立ちました。

――その後、トレーダーから経済アナリストに転身されました。何がきっかけだったんですか。

トレーダーは2年半続けたんですが、その間は一日中、部屋にこもってトレードをしていました。コミュニケーションと言えば、証券会社の人と電話で話すくらい。それで心身に変調を来して、自律神経失調症を患いました。

私を雇ってくれたのは医療法人の経営者ですから、そんな様子を再び見かねたのでしょう。トレーダーからアナリストへの転身を勧めてくれて、新たな勤務先として金融情報サービスを手掛けるフィスコを紹介してもらいました。

それでアナリストの仕事を始めたんですが、大学院を出てトレーダーを2年半経験していきなりアナリストですから、リポートも満足に書けない。やはり企業の正社員として働いて、会社という組織がどうやって動くのかを知らないといけないと考えて、株式投資型のクラウドファンディングを手掛けるファンディーノに入社しました。クラウドファンディングを通して、個人投資家が未上場のベンチャー企業に投資するサービスを提供している会社です。

――フィスコでは正社員ではなかったんですね。

業務委託でした。ファンディーノは私が入社した時にはまだ小さい会社だったので、マーケティングや広報、イベントの企画などいろいろな実務を経験しました。その過程でファンディーノが業務提携や新たな資金調達を行って組織がどんどん大きくなっていく様子を目の当たりにしました。

人間が動かす市場や企業を分析して解釈する作業が好き

企業の成長サイクルを体験したことでアナリストとしての企業の分析も上達しました。今でも年間100社近い企業を訪問取材しているのですが、取材を通して「この社長さんだったら本当にやり切るだろうな」「この会社は本当に復活しそうだな」といった感触がつかめるようになり、株価が伸びそうな会社が分かるようになってきたと実感しています。

――そこまで分析力が身に付いたら、アナリストを辞めてトレーダーに戻ろうとは思いませんか。

そうですね。少なくとも2倍には上昇しそうだと確信した企業の株に何千万円か投資して1億円に増やす。それで人生の残りの資金は手当てできるでしょう。でも、それに対して私は価値を見いだせないんです。生身の人間の行動によって形作られる市場や企業を分析して解釈する。その作業が好きなんですよ。いくつになっても続けたいと思っています。

――そんな馬渕さんにとってお金とはどんな存在なのでしょう。

両親から自立して自分の人生を歩むことはお金がないとできませんでした。自分の意志を貫くためには、経済的な自立が必要です。お金があって初めて自分の価値観を守ることができ、それを自分の好きな人たちと共有していけると考えています。

(撮影/工藤朋子 取材・文/中野目純一)

[日経マネー2023年5月号の記事を再構成]

馬渕磨理子(まぶち・まりこ)
日本金融経済研究所代表理事、経済アナリスト。ハリウッド大学院大学客員准教授。京都大学公共政策大学院修士課程を修了。公共政策修士。トレーダーとして法人の資産運用を担った後、金融メディアでシニアアナリストを務める。ファンディーノで日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。フジテレビのニュース番組「Live News α」のレギュラーコメンテーターなど、メディアに数多く出演。著書も多数。

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