コモディティーショック、米株式市場を直撃
8日の米ニューヨーク(NY)株式市場は、日中にダウ工業株30種平均が前日比500ドル超急騰していた。しかし、バイデン大統領のロシア産原油禁輸措置発表が近づくにつれ下げ始め、結局184ドル安で引けた。
米国のロシア産原油輸入量は限定的だが、制裁で衰弱するロシア経済には打撃となる。バイデン氏も米国は原油生産国ゆえ禁輸に踏み切れるが、欧州同盟国は同調できないことを認めつつ、ロシアの戦費を賄うごとき原油輸入はできかねると語った。市場が神経質になるのは、追い込まれたプーチン大統領がさらなる核関連施設砲撃、そして核兵器使用の現実味が懸念されるからだ。
原油先物価格続騰とともに、8日はニッケル先物価格が暴騰したことも、商品価格高騰が個人消費萎縮・経済減速を招くシナリオを連想させ、株価の重荷になった。中国のニッケル生産者のニッケル先物売りポジションがショートスクイーズ(踏み上げ)をくらって、ニッケル先物価格が暴騰したのだ。先物売りポジションの期日が来ても現物の受け渡しもできず、追加証拠金も払えず強制手じまいとなり巨額の損失が発生するという現象だ。
商品先物市場では珍しくないが、ロシアがニッケル主要生産国なので、「コモディティーショック」として株式市場も無視できない。ショートスクイーズは原油先物市場でも起こり得ることだ。
ゴールドマン・サックスの著名コモディティーアナリスト、カリー氏は同様の理由で今年の原油価格が175ドル程度まで更に急騰する可能性を語っている。筆者もニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)の原油フロアでスイス銀行派遣トレーダーとして体験したことがあるが、ショートスクイーズで踏み上げられボコボコにされたり、逆に踏み上げ側に乗って投機的利益を得たり、まさにプロの空中戦であった。
今は商品先物取引も多くが電子化されているが、ゼロサムゲームの空中戦状態は変わらない。誰かがもうかれば、誰かが損する。
このような投機的売買で原油価格が乱高下することは望ましくないとの政治的批判に対応して、ドッド・フランク法は大手投資銀行の自己勘定トレーディングを厳しく規制した。その結果、先物商品売買部門を縮小・廃止する事例が相次ぎ、市場でリスクを取り売買する市場参加者が激減した。

潤滑油役不在の市場にビッグマネーが参入すると、金魚鉢のなかのコイのごとくなり、売り買い手じまいたくても、出るに出られぬ状況になりがちだ。規制強化の結果、市場の流動性が減り、結果的に原油先物価格変動はさらに激しくなってしまったのだ。この市場機能不全を改善しなければ、人間のもうけたいとの欲望がある限り、ショートスクイーズは必ず再発する。しかも、高速度取引の導入で売買回転も異常に速い。
それでもこれまでは、単なる投機家の自業自得で片付けられたが、ロシア産資源価格も揺らすことになると、これは看過できない。ニッケル暴騰に対して、遅まきながら英ロンドン金属取引所(LME)が売買制限などの措置を導入するようだ。規制を強化しすぎれば流動性急減による価格乱高下、規制を緩めすぎれば流動性過多のバブルを、それぞれ誘発するリスクがある。
株式、債券、外為市場に比しそもそも市場規模が小さく、細分化されている商品市場の宿命だ。そもそも米シカゴ周辺の穀倉地帯で、先物ヘッジ売りにより収穫時の収入を安定させたい農家のニーズに対して、自己勘定で買い方にまわるスペキュレーター(投機家)は、農家の家計を支える社会的貢献があると認知されていた。
筆者が出向したシカゴの穀物商社で、子供のPTA授業参観時に父親の職業を問われ、胸を張って「スペキュレーター」と答えたとのエピソードを聞いたことがある。しかし、今やすっかりマネーゲームの世界になってしまった。筆者とて、スイス銀行に戻ったあとは結局、プロのスペキュレーターとしてマネーゲームに参加することになった。
人間の欲望がある限り、市場のハードウエアやソフトウエアを変えてお化粧しても、商品価格の投機的変動は続くであろう。

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