逆イールド発生、前NY連銀総裁は異例のFRB批判
29日の米株式相場はウクライナ戦争停戦合意期待で上昇したが、債券市場は冷めている。いよいよ警戒していた長短金利逆転現象が発生したからだ。
時間外取引市場で日本時間30日午前の米国債利回りは瞬間風速で以下の数値を示している。
ほとんどの年限の利回りが、ほぼ同水準に並ぶ。
特に5年債と10年債は明らかに逆転している。
最も取引が多く代表的指標とされる10年債と2年債の利回り格差はプラス0.02%とギリギリのプラス圏にとどまっている。29日のNY時間中には、ほぼ同値となる場面があった。
過去の事例では、不況の前触れとなっているので、警戒されているのだが、株式市場は楽観的にみえる。この債券市場が発する不況のサインが現実になるまで、通常は12カ月から16カ月かかっているからだ。一定の猶予期間があるので、まずは目先のウクライナ戦争停戦合意の可能性を重要視しているのだ。
なお、逆イールド現象は、利回り格差が日々プラス圏とマイナス圏の間を往来する期間が数カ月続く事例が目立つ。
ただし、今回の特徴は、米国債利回りが上昇中に逆イールドが発生していることだ。下落中より「悪性度」は低いとも考えられる。
総じて、市場はインフレ対応で後手に回った米連邦準備理事会(FRB)が利上げと資産圧縮を急ぎ過ぎて景気を冷やすシナリオを警戒している。
この懸念をずばり29日の経済テレビ生出演で指摘したのが、ダドリー前ニューヨーク連銀総裁であった。野に下り今の肩書はプリンストン大学経済政策研究センターのシニア・リサーチ・スカラーだ。
地区連銀では唯一、常時投票権を持つニューヨーク連銀総裁時代とは別人のごとく、約7分間、本音を早口でしゃべりまくった。在任中はハト派主導格であったが、いまやFRB批判論者に変身している。筆者も見慣れた前FRB高官が、自由な立場になると、ここまで言うかと正直驚いた。
FRBが金融引き締めにより米国経済を軟着陸(ソフトランディング)させる実現可能性は「remote(へんぴな)ほど遠い」「ハードランディングが不可避」とバッサリ切り捨てたのだ。いわく、理論的には可能かもしれないが、歴史は好意的ではない。パウエル議長が記者会見で挙げた過去の3つの引き締め事例について、いずれも「結局、失敗に終わった」と断言した。特にインフレが賃金にまで「浸潤」しつつあることを重視した。
年率3%程度のインフレなら良性といえるが、4~5%を超えると悪性との判断基準を明示した。経験則で、失業率が0.5㌽上昇すると、本格的な景況悪化になるという。2023年後半から24年にはFRBが緩和政策に逆戻りするシナリオにも言及した。「金融政策の切れ味は鈍い」との表現で、一般論として政策効果発揮までタイムラグがあることも語った。ニューヨーク連銀総裁時代に、金融政策効果確認に手間取った苦い経験が言わしめるのか。民間エコノミストの間では珍しくないFRB批判も、政策担当経験者の本音となると説得力がある。しかも、同日に債券市場からは逆イールドの異音が聞こえてくる。
それゆえ、株価が上昇しても、全面的歓迎ムードは希薄だ。基本的に、29日も「ショート・カバー・ラリー」の段階がいまだ続いているとの読みが目立つ。それほどに巨額の売りポジションが株式市場内には蓄積されていたとの見解である。
ダドリー氏も、FRBは「市場安定性」にも目配りが必要と述べ、株価などの資産価格が不安定な状況になると、引き締めも再点検が必要になるケースも示唆した。
29日には現職FRB高官の発言もあった。ハーカー・フィラデルフィア連銀総裁である。同氏は、今年、米連邦公開市場委員会(FOMC)で投票権を持つボストン連銀のローゼングレン前総裁が個人的な株式投資疑惑により辞職した後、臨時代行役で投票権を持っていた。しかし、ボストン連銀が、同銀初の黒人女性のコリンズ氏を新総裁に迎えたので、7月1日をもって、投票権の無いFOMC参加者となる。
そのような複雑な内部事情もあり、29日にはニューヨーク証券取引所内の米国CNBCブースに座り生出演という異例の設定でもあり、市場は注目した。自らを「中道派」と位置付け、最新ドット・チャート(FOMC参加者の金利予測分布図)の2022年中の7回利上げ派であることを告白した。0.5%幅利上げも必要となれば容認の姿勢で、おおむね、市場の想定内発言であった。
仮にウクライナ情勢が好転しても、米国金融政策という難題をかかえ、株価のボラティリティー(変動率)が高い状況は続きそうだ。
外為市場での円安も、利益確定の円への買い戻しが先行しているが、総じて、日米金利差による円売り要因が根強い。ニューヨーク市場内では、日銀が「永遠のハト派」と表現され、世界的金利上昇の潮流のなかでは、「別格扱い」である。

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