米金利急落と逆イールド連日拡大 同時進行の怪
ニューヨーク(NY)市場で海千山千のヘッジファンドがびびっている。
来週の米連邦公開市場委員会(FOMC)を控え、米国の10年債利回りは3.41%水準まで急落。2年債は4.26%水準まで急落。いずれも1日の下落幅が10ベーシスポイント(bp)に達した。債券市場の1日の下げ幅としては極めて大きい。
しかも、長短金利格差はマイナス85bpに拡大。逆イールド現象に歯止めがかからない。
主題の「同時進行」は、利上げ不況リスクが深刻になってきたことを映す。
WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物も72ドル台まで急落して、地政学的リスクの影も濃く、リスクオフ感覚が市場を支配している。
6日にワシントンで開催された大手企業の最高経営責任者(CEO)たちの卓上会議でも、「リセッション(景気後退)」の単語が頻繁に飛び交い、経営感覚でも逆イールドが無視できなくなっている。
FOMC前のブラックアウト期間なので、米連邦準備理事会(FRB)高官筋からの発言もなく、市場は判断のよりどころを欠く状況だ。
11月30日の講演でパウエルFRB議長は「手探り」で金融政策を進行してゆくと語ったが、市場も、まさにブラックアウト(停電)の中を手探りの状態だ。そもそも、同講演でパウエル氏が利上げ減速を語ったことを、ハト派への傾斜と市場ははしゃぎ過ぎた。
過去のパウエル語録でも、利上げの速度より高さと長さが重要だと明言してきているのに、利上げの速度だけを切り取った情報が市場内を独り歩きした。内部的要因としては、FOMC前の投機筋ポジション調整に、同氏発言が都合よく利用されたと筆者は感じている。
株式市場では、S&P500種株価指数が、200日移動平均線上を行ったり来たりで、投資家をハラハラさせている。
「いじわるグリンチ」というキャラクターが子供向け絵本に登場するのだが、今年のサンタクロース・ラリーはグリンチに乗っ取られた、などと諦め顔で語られる。
中国のロックダウン緩和が、数少ない救いのニュースであろうか。
さて、いよいよ9日から14日にかけて2023年相場のフィナーレが展開される。9日は卸売物価指数(PPI)発表、FOMC初日の13日には消費者物価指数(CPI)発表、そして14日には12月FOMC声明文とドットチャート(FOMC参加者の金利予測分布表)を含む最新FRB経済リポート発表。そしてトリは同日のパウエル議長記者会見だ。
筆者の見立てでは、これまでの発言でパウエル議長は金融政策指針を語りつくした気持ちで記者会見に臨むので、サプライズはないと見ている。0.5%に利上げ幅は縮小されても、23年2月1日のFOMCでは利上げ継続の可能性が強い。ターミナルレート(政策金利の到達点)は5~5.25%となろう。その高水準の金利が23年前半、さらには通年継続するとの見解を多くのFOMC参加者が共有しそうだ。
ブラード・セントルイス連銀総裁だけは7%近いターミナルレートを論じるかもしれないが、少数派だ。メスター・クリーブランド連銀総裁は、そもそもタカ派の主導格なので5%台半ばから後半のターミナルレートをドットチャートに書き入れるかもしれない。しかし、ハト派主導格のデイリー・サンフランシスコ連銀総裁や、常時投票権を持ち特別扱いされているウィリアムズ・ニューヨーク連銀総裁は5~5.25%をこれまでの講演で匂わせている。それでも、市場から見れば、かなりのタカ派的見解だ。ターミナルレートの継続期間は、データ次第としかいえまい。
なお、量的引き締め(QT)の今後も筆者は憂慮している。本当に量的緩和でばら撒いたマネーを年間1兆ドルほどのペースで減らせるのか。過去にこれほどの規模の前例もなく、FRBにとっても初体験の後始末金融政策だ。暗号資産(仮想通貨)や特別買収目的会社(SPAC)など過剰流動性の落とし子が破綻することは「正常化の過程」として片付けられるが、思わぬクレジットリスクの顕在化には要注意だ。
銀行監督官庁の管轄外にあるシャドーバンクや簿外取引の露見が相次ぎ、さらにはマネーマーケットの流動性不足の悪化が顕著となると、QT中断あるいは停止のシナリオも絵空事とはいえまい。クレディスイスのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)保証料率が、ここにきて再び400bpの水準まで上昇したことも気になる。
QTに関してパウエル氏は「自動運転(オートパイロット)」で、月額950億ドルを上限に粛々と実行してゆく基本方針以外には多くを語っていないことも、市場が疑心暗鬼になるリスクをはらむ。英イングランド銀行(中央銀行)が、英国債投げ売り状況のなかで、時限措置ながら量的緩和再開を余儀なくされた事例は、FRBも他人事ではあるまい。
市場の安定も中央銀行のミッションの一つである。

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