岸田文雄首相、インド訪問での演説要旨

岸田文雄首相のインドでの演説要旨は次の通り。
この地で「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」についてお話しすることに、運命的な巡り合わせを感じざるを得ない。
2015年に外相として訪れ講演し、日本とインドがこの地域と世界をけん引していきたいとお話しした。16年には安倍晋三元首相がFOIPのビジョンを提唱した。
なぜ今、FOIPを発展させる必要があるのか。国際社会が共有すべき考え方を提供したい。
ロシアのウクライナ侵略により、私たちは平和を守るという最も根源的な課題を突きつけられている。また気候・環境、国際保健、サイバー空間などの「国際公共財」に関連するさまざまな課題も深刻となっている。
私はこうした新たな要素をFOIPに取り込んでいく。今の転換期に特徴的なことは国際秩序のあり方について皆が受け入れられるような考え方が欠如していることだ。
脆弱な国にこそ「法」が必要であり、主権や領土一体性の尊重、紛争の平和的な解決、武力の不行使など、国連憲章上の原則が守られていることが重要な前提といえる。
今後取るべきアプローチは「対話によるルールづくり」であり、各国間の「イコールパートナーシップ」だ。今の歴史的転換期にふさわしいFOIP協力の「4つの柱」を新たに打ち出す。
1つ目の柱は「平和の原則と繁栄のルール」だ。国際社会が守るべき最低限の基本原則を皆で再確認し、平和を築いていけないかということだ。
自由で公平、公正な経済秩序をつくっていくことも重要だ。
世界貿易機関(WTO)のルールを基盤として維持しつつ、よりレベルの高い自由化を追求する意志、能力のある国とともに包括的・先進的環太平洋経済連携協定(CPTPP)などのさらなる取り組みを推進していく。
不透明・不公正な開発金融を防ぐルールづくりは、国家が自律的・持続的に発展していく上で必要だ。スリランカの債務再編も公平かつ透明な形で進められることが不可欠だ。日本はインドと緊密に連携し、南アジア地域の安定に貢献する。
質の高いインフラを提供できる日本企業による海外展開を後押しし、現地経済と日本経済をともに活性化させていく。
第2の柱は「インド太平洋流の課題対処」だ。各国社会の強靱(きょうじん)性・持続可能性を高め、 自律的な各国間での「イコールパートナーシップ」を実現する。
気候変動分野では日本はグローバルなグリーントランスフォーメーション(GX)の実現に貢献すべくクリーン市場やイノベーション協力を主導していく。
脱炭素化と経済成長の両立を目指す「アジア・ゼロエミッション共同体」構想を推進する。
東南アジア諸国連合(ASEAN)感染症対策センターが東南アジア地域の感染症対策の中核として発展するように支援していく。防災・災害対処能力向上に資する支援などをしていく。
自由で公正な情報空間を確保すべく、偽情報対策の知見を地域に広げるためのワークショップなどを年内に開催する。
3本目の柱は「多層的な連結性」だ。ASEANのインド太平洋構想(AOIP)とFOIPは共鳴するビジョンだ。
日本は12月に東京で行われる日ASEAN友好協力50周年特別首脳会議も念頭に、日ASEAN統合基金に新たに1億ドルの拠出をする。
地域全体の成長を促すためのベンガル湾・インド北東部の産業バリューチェーン構想をインドやバングラデシュと協力して推進していく。
太平洋島しょ地域は多くの課題にさらされている。24年に日本が主催する太平洋・島サミットに向けて、取り組みをいっそう強化する。
デジタル技術の推進や、海底ケーブル敷設事業を含む情報インフラ整備を進めていく。またスマートシティーの具体化に協力していく。
日本の技術とインドのIT(情報技術)分野での力を活用し、日本の政府開発援助(ODA)でインフラ整備支援を実施していくことは大きな可能性があると考える。
第4の柱は「海」から「空」へ広がる安全保障・安全利用の取り組みだ。
日本が長く提唱してきた「海における法の支配の三原則」、すなわち①国家は法に基づいて主張をなすべき②力や威圧を用いない③紛争解決には平和的収拾を徹底すべき――をもう一度呼びかけたいと思う。
日本は本年、気候変動による海面上昇によって海岸線が後退した場合も既存の基線は維持可能との立場を正式に採用した。この立場は三原則の下で島しょ地域の海をリスクから守るものだ。
自由な海を守るため、人材育成、海上保安機関の連携強化、各国沿岸警備隊との共同訓練などを通じ、各国の海上法執行能力の強化を支援する。
特に太平洋島しょ地域を含め、違法な漁業による被害が深刻化している。日本も例外ではない。いわゆる「違法・無報告・無規制(IUU)漁業」対策を強化する。
海洋安全保障のための取り組みも拡充する。インドや米国との共同訓練やASEAN諸国・太平洋島しょ国との親善訓練などを進めていく。
空の安全・安定的な利用の確保や上空からの海洋状況把握も重要だ。警戒管制レーダーの移転や人材育成・交流を積極的に推進していく。ドローンを含む新技術に関する航空当局間での協力体制も強化していく。
ODAの戦略的活用を推進し開発協力大綱を改定し今後10年間の日本のODAの指針を示す。
各国のニーズが大きいインフラ面において日本は30年までに民間投資や円借款などを通じて官民合わせて750億ドル以上の資金をインド太平洋地域に動員し、各国とともに成長していく。
インドは必要不可欠なパートナーだ。日本とインドは世界史の中できわめてユニークな立場にある。
日本が主要7カ国(G7)議長、インドが20カ国・地域(G20)議長である本年、両国がASEANなど多くの国と協働することで、試練の時を迎えている国際社会に平和と繁栄をもたらすことが私の希望だ。
この地域が力や威圧とは無縁で、自由と法の支配などを重んじる場となることを信じている。