経団連「賃上げは責務」企業に問う ベアも前向き方針

経団連は17日、2023年の春季労使交渉の経営側指針を発表した。物価動向を重視し「企業の社会的な責務として賃金引き上げのモメンタム(勢い)の維持・強化に向けた積極的な対応」を呼びかけた。デフレ下で賃上げが進みにくかった日本は実質賃金が伸びにくい状況が続いてきた。人材獲得の観点からも足元の物価高に対応した賃上げを実現できるか経営判断が問われている。
雇用・労働分野の考え方をまとめた「経営労働政策特別委員会報告」に盛り込んだ。指針には「デフレマインドを払拭し、賃金と物価が適切に上昇する好循環」をつくるべきだと記した。同日記者会見した大橋徹二委員長(コマツ会長)は「日本全体で賃金引き上げの機運を醸成していく必要がある」と述べた。
例年以上に賃上げに前向きなのは、長引く物価高が家計の重荷となっているからだ。22年11月の消費者物価指数は、実質賃金の算出に使う総合指数(持ち家の家賃換算分除く)で前年同月比4.5%上昇した。

政府が求める「インフレ率を超える賃上げ」の実現は容易ではない。経団連集計の22年の賃上げ率は2.27%で足元の物価高騰には追いつかない。日本経済研究センターの民間予測平均でも23年の賃上げ率は2.85%にとどまる見込みだ。
焦点となるのは、賃金上昇を実感しやすいベアの実現だ。
報告書ではベアの目的や役割を再確認し「前向きに検討する」よう促した。好業績の企業を対象にベアを含む「賃金引き上げが望まれる」とした22年より表現を強めた。15年以降は「選択肢」として掲げるケースが多く、今回は業績に関わらず幅広い企業に対する異例の働きかけとなる。
6%を超える賃上げをめざすサントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長は「ベアをしないと生活不安がぬぐえない。ベアをすることで(生活を支え)生産性を向上させていく」と強調する。
新型コロナウイルス禍による航空需要の減少で、賃金カットを実施してきたANAHDは22年度にようやく月例賃金回復と一時金復活にこぎ着けた。芝田浩二社長は「回復は道半ばだが、23年はベアの復活について議論を深めたい」と意欲を見せる。
春季労使交渉は23日の経団連と連合のトップ会談で事実上始まる。連合は定期昇給とベアをあわせて5%程度の引き上げを要求している。経団連は物価上昇を念頭に22年の4%を上回る水準を出したことに一定の理解を示しつつ、近年の実績と「大きく乖離(かいり)している」として上げ幅では慎重な立場だ。
賃金上昇の波を広げるには雇用者の7割を占める中小企業の対応がカギを握る。多くの下請け企業は原材料高によるコスト増加を取引価格に十分に反映できていない。
経団連の指針には「取引条件の改善と適正な価格転嫁が不可欠だ」との記述を盛りこんだ。賃金の原資を確保しやすい環境整備に努める。
ただ、賃上げを持続性のあるものにするには労働生産性の向上が欠かせない。収益性が高まっていかなければ賃上げが一過性のものにとどまりかねず、経済成長への好循環につながらない可能性もある。

東京都立大の宮本弘曉教授の分析によると、雇用の流動性が高いほど賃金の伸びは大きい。主要国の賃金の1990年から2021年の上昇率を比較すると、平均勤続年数が約4年の米国は日本の9倍、8年の英国は8倍に上る。日本の平均勤続年数は12年で、賃金成長率は過去30年間で約6%と低迷し、海外に比べて大幅に見劣りする。
宮本氏は「日本の労働市場は硬直的だ。成長産業に人材が移りやすくすることで労働生産性を高め、賃金も増えるという流れをつくらないといけない」と話す。
経済界は「構造的な賃上げ」を重視している。そのため経団連は働き手がスキルを身につけて転職することを肯定的にとらえる意識改革が必要だと提起した。学び直しの時間を確保しやすいよう時短勤務や選択的週休3日制、長期休暇「サバティカル制度」の整備といった選択肢を挙げる。
十倉雅和会長は「労働者が主体的にスキルを身につけて自分たちの価値を高めることが本人のキャリアパスや働きがいに資する。社会全体にも貢献する」と働き方改革の重要性を主張する。
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賃上げは賃金水準を一律に引き上げるベースアップと、勤続年数が上がるごとに増える定期昇給からなる。2014年春季労使交渉(春闘)から政府が産業界に対し賃上げを求める「官製春闘」が始まった。産業界では正社員間でも賃金要求に差をつける「脱一律」の動きが広がる。年功序列モデルが崩れ、生産性向上のために成果や役割に応じて賃金に差をつける流れが強まり、一律での賃上げ要求の意義は薄れている。