悪者扱いのAT1債とイエレン財務長官
24日金曜日、ドイツ銀行の株価が急落したときには、大西洋を挟んだニューヨーク市場を戦慄に近い雰囲気が支配したという。ドイツ銀行についてドイツ金融当局は、我々が知らない何かを把握しているのか。過去にデリバティブ(金融派生商品)運用でつまずいたという前歴があるので、市場の疑心暗鬼が募ったのだ。
ドイツ銀行は実質的に国策銀行のような歴史をたどってきた。同日には、ショルツ・ドイツ首相が間髪入れず「火消し」の発言をした。世界的な金融システムに対する不安感の高まりに乗じて暴れている投機ファンド勢は、それを受けてドイツ銀行株の売りポジションを早々と手じまったようだ。
しかし、今週、再び欧州銀行不安がぶり返すリスクは否定できない。
金融不安は、スイスからドイツに伝染した。二大銀行が金融市場を支配したスイスと異なり、ドイツ銀行をコメルツ銀行が買収することなど無理筋だ。最終的には国有化しか方策はない。
スイス銀行出身の筆者の後輩たちから伝わってくる反応も複雑だ。スイス人はドイツ銀行が揺れれば「人の不幸は密の味」といったニュアンス。対して、ドイツ人は、クレディ・スイス発行AT1債の全損処理を、金融秩序を無視した暴挙と激しく罵る。本来、リーマン・ショックの教訓としての銀行規制強化が産んだAT1債が、金融システム不安のリスクをはらむ商品と化してしまった。
いっぽう、ニューヨーク市場では、AT1債の影響は相対的に軽微だが、米連邦準備理事会(FRB)と財務省に対する不信感が強まっている。先週末にはミネアポリス連銀のカシュカリ総裁がテレビの人気討論番組に出演。「現在の米資本市場はおおむね閉鎖状態にある」と語り、銀行規制強化が貸し渋りを誘発してリセッションの引き金になる可能性を憂慮した。
さらにニューヨーク市場では、イエレン財務長官が珍しく悪者扱いされている。先週、銀行預金保護についての発言が「全て保護されるわけではない」「全額保護」「追加的な施策もあり」などとぶれたからだ。議会公聴会で、多くの議員の質問に答える過程で、言葉に詰まる場面もあり、その影響で株価も大きく振れた。先週を振り返ると、米連邦公開市場委員会(FOMC)よりイエレン発言のインパクトのほうが、市場では強く感じられた、との見解が少なくない。
パウエルFRB議長にしても、物価の安定と市場の安定を同時に達成できる魔法の杖など無い。直近の0.25%利上げに対する市場のモヤモヤ感は晴れない。
FRBの金融政策への支持が低いレベルにとどまる限り、銀行システムへの不信感は払拭できず、取り付け騒動の根は絶てない。さらに庶民感情をあおるがごとく、民主党左派のエリザベス・ウォーレン上院議員は、サンフランシスコ連銀のデイリー総裁を、管轄下のシリコンバレーバンク(SVB)の経営状態を見抜けなかったとして激しく非難している。預金全額保護は、ポピュリスト的政策との見解も根強い。
SVB破綻からわずか2週間。市場の不透明感は増すばかりである。

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