株価水準のモノサシになる 目標株価を試算する
ろくすけさんの勝てる株式投資入門(17)

●ろくすけ 実在する本連載の著者。人気ブログ「ろくすけの長期投資の旅」を運営(容姿は本人と変えています)。
●ゴロー 大学院を修了後、化学メーカーに就職して1年目の青年。旅先で出会ったろくすけさんに師事するという設定。
●ナナコ ゴローの妹。大学で経営学を専攻している。兄と一緒にろくすけさんに株式投資の基本を学ぶという役どころ。
株価が割安か否かを判定する目安となる「株主価値」を簡単に計算する方法を教わったゴローとナナコ。今回は、その方法を使って実際の企業の株主価値と目標株価を試算し、計算の手順を学びます(前回はこちら)。
ろくすけ まずは株主価値の簡単な計算方法を復習しよう。最初に算出するのは何だったかな?
ゴロー 過去の増加率や企業の中期経営計画の目標値を基に、5年目の当期純利益の予想値を求めます。次に永久成長率を使って、6年目の当期純利益の予想値を算出します。それを、今度は期待収益率から永久成長率を差し引いた利率で割り、6年目以降の当期純利益の合計値(総和)、すなわち、継続価値(ターミナルバリュー=TV)を求めます。
ナナコ そうして求めたTVは5年後時点のものなので、割引率(=期待収益率)を使って割り戻し、TVの現在価値を算出します。これを株主価値と見なして、足元の時価総額と比較します。時価総額が株主価値の半分以下だったら、株価は理想的な価格と判定できます。「DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法」による計算法に比べれば簡略化されましたが、まだ手間のかかる計算ですね。
株主価値は理論時価総額
ろくすけ 前回は期待収益率、永久成長率とPER(株価収益率)の間には下図のような関係が成り立つことも指摘した。期待収益率から永久成長率を引いた利率にPERを掛けると1になる、すなわち、両者は逆数の関係になる。

ナナコ だから、妥当な期待収益率と永久成長率を設定すれば、妥当なPERを設定できると教わりました。
ろくすけ その通り。この妥当なPERを理論PERと呼ぼう。DCF法を説明した時に、期待収益率は企業の利益が安定していると低くなり、永久成長率は利益の成長性が高いと高くなると話した。利益の安定性と成長性に照らして理論的に期待収益率と永久成長率を設定し、妥当なPERを導くというイメージがこの呼称にはある。
では、実際に株主価値を試算してみよう。求めた株主価値は足元の時価総額と比べる。実際の時価総額に対して、株主価値は企業の利益の安定性と成長性に照らして理論的にあるべき時価総額、すなわち理論値だと解釈できる。そこで理論PERに倣って、株主価値を理論時価総額と呼び変えよう。
まず6年目の当期純利益の予想値を求める。次に期待収益率と永久成長率を設定し、逆数の理論PERを算出する。そして当期純利益の予想値に理論PERを掛けて、5年後時点の理論時価総額(=TV)を求める。それを割引率を使って割り戻して算出した現在価値が理論時価総額になる。理論時価総額を企業の発行済み株式から優先株式や後配株式といった特殊な株式を除いた普通株式の数で割れば、理論的な株価を算出することもできる。

ゴロー 理論株価……。そう言えば、読んでいる株式指南書に「理論株価は目標株価とも呼ばれる」と書いてありました。
ろくすけ そうだ。目標株価は証券アナリストが算出している株価の予想値だ。ここでは目標株価の方を採用しよう。その価格に到達するまで持ち続けるという長期保有のイメージが湧くからね。
期待収益率は7%前後に
ナナコ 期待収益率と永久成長率はどう設定するのでしょうか?
ろくすけ まず期待収益率は文字通り、投資家が投資に期待する利回りだ。前に「72の法則」を取り上げたことがあったね。
ナナコ 投資の元本を2倍に増やすのに必要な年数や運用利回りを簡単に求める計算式ですね。72を利回りで割れば必要な年数が、72を年数で割れば必要な運用利回りがそれぞれ分かります。
ろくすけ そうだね。元本を10年で2倍にするには、72÷10=7.2、つまり、7%の運用利回りが必要になる。実は年金基金や保険会社といった機関投資家が日本株投資で期待する運用利回りもこの水準なんだ。だから、7%を中心にしてその3ポイント前後、すなわち4~10%の範囲で設定するといい。業績のぶれが小さくて利益が安定している企業の株では、期待収益率を7%以下にし、逆の場合は7%超にする。
一方、永久成長率では毎年2桁の利益成長が何十年も続くと想定するのは現実的ではない。0~5%の範囲で設定するといい。この範囲で利益の伸びが大きい企業は高めに、伸びの小さい企業は低めに設定する。

ところで、期待収益率が7%で永久成長率が0%だったら、理論PERは何倍かな?
ナナコ 1÷(0.07-0)≒14.3倍ですね!
ろくすけ ご名答。実は日経平均株価の構成銘柄の平均PERは14倍前後で推移していることが多い。このことからも、期待収益率を7%前後で設定するのは妥当と言える。では、連結会計・連結決算用システムの開発・販売を柱とするアバントで試算してみよう。
同社は顧客企業との関係を強化してスイッチングコストを高め、容易に他社に乗り換えられない状態をつくっている。だから利益の安定性と成長性が共に高い。期待収益率は7%より少し低い6.5%、永久成長率は高めの4%にしよう。
ゴロー 1÷(0.065-0.04)=40。理論PERは40倍です!

ろくすけ ERP(統合基幹業務システム)のパッケージソフトの開発や運用サポートなどを手掛けて事業形態が近いオービックの予想PERは40~50倍台なので、その水準に違和感はない。
ナナコ アバントの中期経営計画では、再来期(23年6月期)の営業利益目標は31億~38億円です。
ろくすけ 中間の34.5億円を採用しよう。法人税率を35%とすると再来期の当期純利益の予想値は22億4250万円になる。これは、前期(20年6月期)の実績から年率14.8%の伸びで達成できる額だ。25年6月期までこのペースで伸びると仮定すると、同期の予想値は29億円5500万円。この数字を基に5年後時点の理論時価総額(今から6年目の26年6月期以降の当期純利益の総和)を求める。
ナナコ 永久成長率4%を使って26年6月期の当期純利益の予想値を出して理論PERを掛ける。29億5500万円×(1+0.04)=30億7300万円。これに40倍を掛けると1229億円。割引率(=期待収益率)を使って割り戻すと、理論時価総額は897億円。目標株価は2386円です。



ゴロー 足元の株価は1690円(7月2日時点)。上昇余地が十分にありますね。
ろくすけ 目標株価の2386円を今期(21年6月期)の予想EPS(1株当たり純利益)43.3円で割った予想PERは55.1倍になる。高く感じるかもしれないが、利益の成長性と安定性を考慮した長期の利益予想から算出した目標株価だから安心感がある。こうしたモノサシを持つことで、日々の株価変動にいちいち動揺せず保有できるようになるんだ。
(次回に続く)
今回のまとめ 目標株価というモノサシがあれば、安心して株を持てる
[日経マネー2021年8月号の記事を再構成]
著者 : 日経マネー
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