理想の老後を過ごすための3カ条 作家・橘玲氏に聞く
――今のFIREブームをどう見ていますか。
「アーリーリタイアして自分の人生を生きる」ということは、1990年代に米国で一度流行しています。それが、2008年のリーマン・ショック後の世界金融危機の頃からミレニアル世代を中心に再発見され、一気に広まったのだと思います。
その背景にあるのが、経済成長への期待が失われたこと。自分の親世代よりも豊かになれないだろうと考える若者が増えてきました。そしてもう一つ大きいと思うのは、人間関係を選択したいという欲求の高まりです。嫌いな人をブロックできるSNS(交流サイト)が浸透したことで、職場の固定的な人間関係に耐えられない人が増えてきた。これがFIREを求める動きにつながっていると思います。
――働き方の多様化も進みました。
今、シリコンバレーなどを中心に起きているのが、専門職のギグワーク(単発労働)化です。これまで個人の能力は会社のブランドとひも付いていましたが、SNSで個人の評判が可視化できるようになったことで、直接仕事を受注できる環境になりました。組織にしばられていた人が、どんどんフリーエージェント化する流れにあります。
その好例が、最近、私の仕事場の近くにできたシェアサロンです。そこではフリーの美容師さんが、時間単位で席を借りて、SNSでお客さんを集めて営業しています。24時間開いているので、「深夜に割増料金で対応する」といったこともできます。こうした自由な働き方が日本でも始まっています。
ハイリスク投資に走る若者
――今のFIREブームに問題点はありますか。
FIREの目標額は、おおむね1億円ぐらい。20代半ばでFIREを思い立った若者が、「30代半ばでの1億円達成」を目標にする例が目立ちます。10年で1億円つくるって、普通に考えたら難しいですよね。でもネットでは、「ビットコインで儲けて30代でFIREを達成しました」といったケースがゴロゴロ見つかる。「こうしたらできた」って言われると、自分にもできるんじゃないかと思ってしまう。
これは典型的な「サバイバルバイアス」です。成功した人ばかり目に入るので簡単に実現できるように思えるけれども、彼らの背後には膨大な数の失敗した人たちがいる。若者がおよそ実現不可能な目標を立てて、ハイリスクな投資にのめり込んでいるのを見ると非常に心配になります。10年前にビットコインの可能性に気付いて投資した人はすごいと思いますが、今から同じことを狙っても難しいのではないでしょうか。同様に、米国のゲームストップ株でみられたようなイナゴ投資も危険ですね。
――FIREを目指す運用はどうすればいいですか。
世界の株価指数に連動するインデックス型投資信託やETF(上場投資信託)に、長期積み立て投資をするのが基本になると思います。ウォーレン・バフェットをはじめとする著名投資家もそう勧めています。
グローバル化とテクノロジーの進歩がますます加速すると考えると、世界全体の株式に投資するのは、"当たりがどんどん増えていく宝くじ"を買うようなものです。20~30年の長期スパンでみれば、着実な成果が見込めます。つみたてNISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)などの優遇税制を活用するのも鉄則です。
インデックス運用の利点は、「考えなくてもいい」点です。銘柄を選んだり、チャートを分析したりといった時間コストがほぼゼロなので、その時間をもっと価値あることに使えます。ここまで含めて考えると、普通の人は積み立て投資一択かなと思います。
運用と仕事の両輪で稼ぐ
――積み立て投資だと、短期間で資産を大きく増やすのは難しいのでは。
そうですね。長期でならすと年5%程度の運用利回りがせいぜいだと思います。積み立て投資だけでは30代でFIRE資金をつくるのはまず無理でしょう。重要なのは、「お金に働いてもらう」運用と、人的資本を活用し「働いて収入を増やす」ことの両輪で効率的に資産を築くことです。
先日、FIREを目指している28歳の男性と話をしました。結婚を考えている女性と2人合わせて世帯年収は1000万円ぐらいになる。生活コストの安い郊外でミニマリスト的な無駄のない生活を送ると、年間300万円ぐらいで暮らせる。そうやって毎年700万円近く貯金して、30代で経済的に独立するという計画を立てていました。これなら現実的な目標ではないでしょうか。
それと同時に、会社で10年働く間に、価値のある専門的なスキルを身に付ける。そしてリタイア後は、そのスキルを生かして好きなことを仕事にする。こうした人生設計が一つの典型例になると思います。

――仕事と運用の両輪で資産を増やすのですね。
FIREを考える上で、FI(経済的な自由)とRE(アーリーリタイア)は分けて考える必要があると思います。アーリーリタイアは、仕事は苦役だという60~70年代的な古い価値観です。自由な人生の中で自己実現するためには、仕事を辞めなければならないと考えます。
ただ、"無職"なら自由になれるわけではありません。私の知り合いのウォール街の金融マンは、40代でアーリーリタイアをして、ロッキーの山の中にコテージを造ってそこで"自由な暮らし"を始めました。しかし、2年も続かずウォール街に戻ってきました。「やることがなくて耐えられない」と。退屈なんですね。
現代社会では、「自分らしく生きる」という自己実現を最も確実に達成できるのは仕事以外にありません。お金の不安から自由になれたとしても、社会や他人からの評価がなければ満たされません。それには働くことが必要なのです。FIは働かないための手段ではなく、好きな仕事で長く働くための手段と捉えるべきです。
65歳から格差が広がる
老後について注意したいのは、「65歳から本当の経済格差がついてくる」ことです。65歳以降も働き続ける人と、年金収入だけになってしまう人との間で、所得格差が一気に広がるからです。
これから人的資本の価値がますます高まっていくことを考えると、「生涯現役」で働き続けて、少しでも長く自分の人的資本をマネタイズしていくことが重要になります。「生涯共働き」にできれば最強ですね。


(聞き手は市田憲司)
[日経マネー2022年1月号の記事を再構成]
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