/

岸田政権に株式市場が期待するもの

広木隆のザ・相場道

日経平均株価は自民党総裁選で岸田文雄氏の選出が判明した後、下げ足を速め、約12年ぶりに8日続落した。菅義偉前首相が総裁選に出馬しないと表明してから急騰した分を吐き出し、それ以前の安値に沈んだ。この間の欧米株はほぼ横ばいだから日本株の下げが突出している。

東京証券取引所の投資部門別売買動向によると、9月27日~10月1日の週に海外投資家は日本株を現物と先物合計で1兆7505億円売り越した。新型コロナウイルスの感染初期に株価が急落した2020年2月25~28日の週(1兆7695億円)以来の大きさだ。つまり海外投資家は岸田政権誕生に強烈な拒否反応を示したのだ。

掲げる経済政策に実効性はあるか

岸田政権の経済政策は残念ながら野党の批判がそっくり当てはまる。すなわち「美辞麗句を並べているが中身がない」。まず真っ先におかしいと感じるのが、「令和版所得倍増計画」である。高度成長期の池田勇人政権時代ならともかく、低成長の今の日本で所得が倍になるには100年かかるだろう。

元本が倍になるには年率7%の複利運用で10年超かかる。今後の日本の成長率が0.7%だと仮定しても国民所得が倍になるには100年は必要である。岸田氏は第100代内閣総理大臣だが、今後100人くらい首相が交代し、第200代首相が就いた頃には倍になるかもしれない。

国民の所得を倍にするのが無理だから、金持ちをたたいて格差是正の「ポーズ」を示す。それが「1億円の壁」、すなわち金融所得課税の議論だ。しかし、新自由主義を推し進めたマーガレット・サッチャー元英首相が述べたように、金持ちを貧乏にしても、貧乏な人が豊かになるわけではない。

格差が拡大するのは、仏経済学者トマ・ピケティ氏が指摘したように、r>g 、つまり資本収益率(r)が経済成長率(g)を常に上回るからだ。岸田政権がやろうとしている金融所得課税は、増税によってrを下げようということだ。ただ岸田首相は金融所得課税を当面強化しない考えを明らかにした。やはり格差是正の「ポーズ」だった可能性が高い。

政府主導の賃上げは難題か

岸田首相は「幅広い国民の所得・給与を引き上げる」とうたう。しかし、賃上げは「官製春闘」とまでいわれた安倍晋三元政権でさえ定着しなかった。政府主導の賃上げは、税制の支援があっても難しいだろう。なぜなら労働の対価である賃金は労働者の生産性の高さに応じて決められるべきものだからだ。政府主導で賃上げが実現したとしても、それが一時的なものなら給与が増えても消費に回らず貯金が積み上がるだけだ。

4~6月期の資金循環統計(速報)によると、家計の金融資産は6月末時点で「現金・預金」が前年同期比4.0%増の1072兆円と過去最高だった。この預金は金利がほぼゼロで眠ったまま、いわば「死に金」である。この「死に金」を有効に使って経済を回す――それが日本にとってもっと重要な経済政策だろう。だからこそこれまで政府は「貯蓄から投資へ」としきりに旗を振ってきたのではなかったか。

労働分配率を高めることは重要だ。株式市場も労働分配率の高い企業を評価している。下のチャートは、TOPIX(東証株価指数)500構成銘柄を労働分配率の高い順に4つのグループに分け、年1回のリバランスで10年の推移を見たものだ。労働分配率が一番高いグループが圧倒的にアウトパフォームし、一番低いグループと10年で倍の差がついている。

ポイントはなぜ労働分配率の高い企業が好パフォーマンスを示すのかという点である。恐らく労働分配率が高いということは、その企業が優れた人的資本を有していることの表れなのだろう。つまり、単に賃金を上げて労働分配率を高めることに意味はない。高い賃金に見合う優秀な人的資本があってその結果として労働分配率が高くなる。そういう企業が市場で評価されるのだ。

その意味では岸田首相の経済政策の成長戦略で挙げられた「科学技術立国の実現」は評価できる政策だ。学部や修士・博士課程の再編、拡充など科学技術分野の人材育成を促進するという。既に社会に出ている人のリカレント教育(学び直し)などの支援、職業訓練によるスキルアップ支援なども拡充すべきだ。

広木隆(ひろき・たかし)
国内外の運用機関でファンドマネジャーなどを歴任。株式・為替からマクロ経済まで幅広い知見を基に自らヘッジファンドも立ち上げた。2010年からマネックス証券で顧客向けに情報を発信。バイサイド時代の経験から斬る相場分析や展望に定評がある。青山学院大学大学院(MBA)非常勤講師。
日経マネー 2021年11月号 上昇期待の好業績株
著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP (2021/9/21)
価格 : 750円(税込み)
この書籍を購入する(ヘルプ): Amazon.co.jp 楽天ブックス

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン