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緩和マネーに慣れきった市場 急落リスクには要警戒

エミン・ユルマズの未来観測

混迷を深める世界経済や国際秩序。時代の先を読み解くヒントを、トルコ出身のエコノミスト、エミン・ユルマズ氏が独自の視点から解説します。

米金融政策の行方巡り揺らぐ株式市場

東京株式市場で6月下旬、日経平均株価が急落して下げ幅が前営業日比1000円を超える場面がありました。一方、翌営業日には急速に戻すなど不安定な展開となりました。乱高下のきっかけとなったのは、米国の利上げ時期の前倒しを巡る思惑です。

6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、利上げ時期の想定が従来の2024年以降から23年中に前倒しされました。さらに米セントルイス連銀のブラード総裁が22年中の利上げもあると示唆すると、金融政策の正常化が想定より速く進むとの見方が台頭。緩和環境に慣れた市場は動揺したのです。その後、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長がインフレ加速の可能性を退けたことで、相場はひとまず落ち着いたものの、懸念は完全に払拭されたわけではありません。

金融引き締めサインが点灯

金融緩和を続ける米国に対し、世界のあちこちでは引き締めのサインが出ています。例えばメキシコは6月に2年半ぶり、ブラジルとロシアは3会合連続の利上げ実施を発表しました。日本では足元で、日銀によるETF(上場投資信託)買いが存在感をすっかりなくしており、緩和からの軌道修正のサインが見て取れます。

政権交代も関わっているでしょう。菅義偉政権は、安倍晋三前政権ほど株価上昇を重要視しているようには見受けられず、ETF購入の後ろ盾をなくした日経平均や値がさ株には調整も見られます。

つまり、緩和を続ける米国は市場への最大の資金供給者であり、彼らが資金の蛇口を閉めるかどうかで相場の方向性が決まると言っても過言ではないのです。FRBが2年以内に利上げするかは不透明ですが、引き締めを実施すれば相場が下落する危険性があります。一方、緩和を続ければインフレ懸念が高まりますから、FRBは動くに動けずトラップにはまっているのです。緩和と引き締め、いずれに動いても何かを犠牲にしなければならず、株式相場は予想がしづらい状況になっています。

投資家サイドから見れば、どこかでいったん調整が入る方が、資産運用はしやすい局面といえるでしょう。なぜなら日本株に限らず、コモディティー(商品)から暗号資産(仮想通貨)まで全てが同じ値動きをしているからです。国や通貨への分散投資もほとんど機能しません。流動性が低い市場の魅力は薄れますから資金は米国に向かいます。リスク資産が一方向に動けば、ヘッジ手段も限られます。

この背景にあるのは、FRBによる、1987年のブラックマンデー以降の「キャリートレード」の供給です。キャリートレードは低金利の通貨で資金を調達し、高金利通貨に替えて運用することで利ざやを稼ぐ取引を指しますが、対象は通貨とは限りません。

FRBは金融政策により、世界に流動性を供給しています。金融機関は安いコストで資金を調達することができるようになり、債券で高金利が取れない今、株式で稼ごうと市場に資金を向かわせます。米株の予想変動率を示す「VIX」が今年最低水準にあることからも、投資家は株式への警戒感を弱めています。FRBがキャリートレードの供給者となることで、相場の流れに沿う順張り投資家は少しずつ利益を得られる仕組みとなっているのです。

もちろん何らかのクラッシュが起きた場合利益が帳消しになりますが、FRBが火事場にバケツを持って火消し(金融政策を実施)に動くことでトレードは再開し、投資家はまた利益を積み上げ始めます。このようにトレードとクラッシュは繰り返され、利益は呼応し、のこぎりの刃のように増えたり減ったりしながら推移するのです。

一時的なクラッシュは投資の好機

冒頭で日経平均の乱高下の話を述べましたが、リーマン・ショックやコロナショックの時でさえ、株価急落は一時的で値を戻しました。私は、FRBが現状のキャリートレードの供給を続ける限り、本当の意味でのベア相場にはならないとみています。その意味で、一番よい投資戦略はクラッシュの直後に株を買うことでしょう。

ただし、「急落局面でFRBがバケツを持って火消しに来てくれる」という安心感は弊害も生みます。バケツの大きさは毎回大きくなっており、米国の個人資産は急増しました。資産上位層がさらに利益を得たことで米国内では格差が拡大しています。大統領選挙で民主党のジョー・バイデン氏が当選したのも、急進左派のバーニー・サンダース氏やエリザベス・ウォーレン氏などの存在が大きいでしょう。拡大する格差への不満は国民の中で広がっているのです。

さらに、金融緩和政策による低金利環境は、資金調達能力が高い大企業を有利にさせ、生産性の低いゾンビ企業を生み出しました。キャリートレードの拡大は、長期にわたる低成長・低インフレを引き起こし、債務を拡大させました。債務レベルが高い状況下では、高成長・高インフレは起こり得ません。その意味で、パウエル議長の「インフレ加速は一時的」とのメッセージは正しいと言えるでしょう。

足元では仮想通貨の下落が目立っています。世界同時株安「VIXショック」やコロナショックは仮想通貨の下落が前触れとなりました。今回も何らかのクラッシュの警告となるかもしれません。のこぎり形に資産が増えリスク許容度が上昇し、高いレバレッジをかけている投資家が、急落により市場から退場を余儀なくされ、株安を増幅させる可能性には注意が必要です。

エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
日経マネー 2021年8月号 コロナ後相場の稼ぎ方&勝負株
著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP (2021/6/21)
価格 : 800円(税込み)
この書籍を購入する(ヘルプ): Amazon.co.jp 楽天ブックス

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