脱炭素時代が本格到来 日本企業再評価の好機に
エミン・ユルマズの未来観測

バイデン政権誕生で加速する脱炭素の流れ
主要国が一斉に環境規制の強化に動いています。世界最大の二酸化炭素(CO2)排出国である中国も例外ではありません。2020年9月の国連総会で習国家主席は「60年までにCO2の排出量を実質ゼロにする」と表明。この後、日本や韓国も温暖化ガスの排出量を50年までに実質ゼロにする目標を打ち出しました。
この流れは米大統領選で民主党のバイデン氏が当選したことで決定的となりました。バイデン氏は地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」への即時復帰と、脱炭素に向けた「4年間で2兆ドル」の巨額投資を公約しています。これは言い換えれば、従来の原油中心の産業構造が大きく転換するということです。脱炭素時代への転換は、株式市場に何をもたらすのでしょうか。
日本でも進む代替エネルギー普及への動き
12月上旬、相次いで重要なニュースが流れました。まず、日本政府が国内での水素利用量の目標設定に入ったというものです。報道では、30年時点での水素利用量は1000万トン規模とする方向となっています。水素は重要な代替エネルギーの一つと位置付けられてきましたが、本格的に官民が普及に向けて動き始めたわけです。

もう一つが「全固体電池」の実用化に向けた動きです。これはEV(電気自動車)の次世代基幹技術とみられているもので、EVの航続距離を延ばす効果があります。政府は脱炭素技術の支援用基金を活用することでこの開発を後押しする方針と報じられています。
立て続けに脱炭素関連のニュースが流れたのは偶然ではありません。環境規制とクリーンエネルギーへの投資に積極的なバイデン氏が米新大統領となると決まり、日米欧中の主要国・地域がそろって脱炭素に動くことが確実になったのが背景にあります。石油に依存しない産業構造の構築がコンセンサスとなったことで、政府も企業も一斉に動き出したわけです。
自動車メーカーを中心とした海外企業も、ここにきて脱炭素時代の到来に向けた戦略を加速させています。独フォルクスワーゲン(VW)は12月上旬、中国の安徽省合肥市にEVの研究開発拠点を新設しました。EVの一大市場である中国でのシェア確保が狙いです。米EV大手のテスラも、中国での増産を進めています。
急激に脱炭素への流れができたのは、バイデン新大統領の誕生だけが理由ではありません。車のIT化や電装化が進み、ガソリン車からEVやFCV(燃料電池車)へのシフトが可能になったという側面もあります。「炭素時代」を支えたガソリン車の時代は、技術革新により終わったわけです。
そして、00年前後に成人した「ミレニアル世代」と、それに続くデジタル化に習熟した「Z世代」の政治的発言権が高まったのも見逃せません。彼らの問題意識は社会の持続可能性に向けられており、環境問題が政治の中心のイシュ―となったわけです。バイデン氏が大統領選に勝利したのも、こうした若年層の支持が背景にあります。脱炭素時代の到来は、もはや不可逆的なのです。
産油国の政変はリスク要因
では、脱炭素時代が市場にもたらすインパクトとは何でしょうか。まず、中東を中心とした産油国の重要性が低下します。原油価格は生産調整によってある程度維持されるでしょうが、それでも大きく上昇する局面は今後考えにくくなるでしょう。
さすがに主要産油国はこの状況を見越しています。例えばサウジアラビアは、原油依存からの脱却を掲げ投資ファンドへの出資などを積極的に進めています。イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化も、イスラエルの高い技術力を取り込む動きの一環と捉えることが可能です。
半面、そうした転換に乗り切れない産油国は危機に立たされそうです。例えばイランは、米国との関係改善が進まない中、国内から政治体制の変革を求める動きが強まっています。原油という重要な収益源の重要性が低下するのならば、国内政治が混乱することは十分考えられそうです。
同じく産油国であるロシアにも同様のことが言えるでしょう。プーチン政権は資源高の恩恵を受けて長期独裁政権となったわけですが、脱炭素時代においてはその根拠が崩れることになりそうです。
脱炭素時代の到来を引き金に、こうした産油国の政治体制が揺らぐのなら、それはマーケットにとっては一時的な波乱要因となるでしょう。21年の相場環境には不透明な点が非常に多いとみていますが、脱炭素時代の到来に伴う政変もその一つに数えてよいでしょう。
日本の技術力が再び成長ドライバーに
ただ、中長期的に見た場合、これは間違いなく新たな成長機会をもたらす「ディスラプション(創造的破壊)」です。一時的なショックはあっても、それに伴いマネーは動き、市場の活性化につながるとみています。
そしてその恩恵を強く受けるのが日本です。日本には世界有数の技術を持つ自動車メーカーが複数存在しています。既にトヨタ自動車がFCVでは先行していますが、EVでも全固体電池を武器に急速に巻き返しが進むはずです。水素についても、インフラを担う水素ステーションなどの分野では有力な企業が幾つもあります。
日本の株式市場は長らく割安な水準に放置されていました。それは成長期待の乏しさによるものでしたが、脱炭素時代の到来はそれを一変させるでしょう。脱炭素時代は、日本の株式市場の再評価につながるものだと考えています。
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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