英国の今と昔を体験 ミレニアル世代向け有楽町のパブ

10月26日、東京のJR有楽町駅にほど近い「有楽町電気ビルヂング」の1階にブリティッシュ・パブ&レストラン「The R.C. ARMS(ジ・アールシー アームズ)」がオープンした。前身は、ヴィクトリア朝の落ち着いた空間で、伝統的な英国スタイルのパブを23年営業してきた「ローズ&クラウン」。今回の再スタートでは、自然光が入るガラス張りの開放的な空間に生まれ変わり、メニューや営業スタイルも、2000年に入って激変した英国の食事情を反映して、大幅にアップデートが加えられている。
英国では2000年前後から、高級レストランで腕を磨いたシェフが、パブでクオリティーの高い料理を提供する「ガストロパブ」が人気を集め、パブに新しいジャンルを切り開いた。ミシュランガイドの星を取る店も登場し、現在は完全に定着している。近年は、空間も料理もよりモダンに洗練された「コンテンポラリーパブ」とジャンル分けされる店も出てくるほど、アップデートの動きは続いている。
同店はガストロパブとはうたっていないが、本国の流れを受け、伝統料理に独自のアレンジを加えたメニューが多い。象徴的なのは、午後2時半から始まるタパスメニューのフィッシュ&チップスだ。伝統的なスタイルも、ランチとディナータイムで引き続き提供しているが、タパスバージョンは、カットしたタラの身を極細切りのじゃがいもで包んで揚げた、再構築系のフィンガーフードになっている。

タパスタイムからディナータイムにかけてのメニューでは、中東やアジアなど、英国の食に浸透しているミックスカルチャーな側面を意識したフードも目立ち、攻めの姿勢を匂わせる。
イスラエルをはじめ、中東の味に欠かせないフムス(ヒヨコ豆のペースト)は英国ではすでにポピュラーで、日本でも提供する店が増え始めているが、同店ではビーツを加えたオリジナルレシピにアレンジ。刻んだ野菜をスパイスとレモンであえて豆粉の薄焼きにのせた「マサラ・パパド」(600円)や、五香粉がアクセントになった「チャイニーズチキンサラダ」(1200円)、フレンチ系では、すでに日本でも人気の「キャロットラペ」(500円)以外に、「馬肉のタルタル」(900円)やフライドポテトに形状が似た、ヒヨコ豆の粉でつくる南仏の揚げ物「パニス」(600円)もあり、エッジの効いたメニューも用意。

一方、伝統的なフードで、目を引くのが、「イングリッシュブレックファースト」(1800円)だ。朝は営業していない店に「なぜ、朝食のメニューが?」と不思議に思われる方も多いと思うが、これには意外に知られていない英国の食習慣がある。

「イングリッシュブレックファースト」はローストビーフやキドニーパイと並ぶ、英国を代表する料理に数えられるが、英国では朝だけでなく、1日中提供している店が多いことは意外に知られていない。この習慣を日本でも体験できるよう、同店ではランチとディナーの時間帯で提供することにした。英国の食事情に通じている人にとっては、心をくすぐられるサービスかもしれない。
朝食とおなじく、あまり知られていない英国の食習慣が、今回大きく打ち出されている「サンデーロースト」だ。オーブン料理の多い英国らしいメニューで、文字通り日曜日のお昼時に、家で塊の肉を焼いて食べる習慣にならったもの。英国では、ガストロパブが提供するようになったことで、家だけでなく店でも楽しめるようになった。

ラムにはミントソース、ポークにはアップルソースと英国の定石を押さえつつ、同店では、ミントソースにはアルゼンチンのチミチュリソースのエッセンスを取り入れ肉がさっぱり食べられるようアレンジ。アップルソースにはしょうゆをプラスしてフルーツソースになじみの薄い日本人の舌にも違和感なく仕上げている。サンデーローストには、ヨークシャープディングというシュー皮のようなパンが必ず添えられ、肉汁をたっぷり含んだソースを吸わせて食べる習慣がある。同店でも自家製で焼いて添え、細部まで英国らしさにこだわる。
ドリンクもオリジナリティーあふれるメニューが目白押しだ。ビールのクオリティーは言わずもがな、メインターゲットにしている30代のミレニアル世代を意識して、新たにカクテルに力を入れている。食と同じく、英国ではカクテル文化もモダンに進化していることを感じさせるラインアップだ。

縦長に薄くスライスしたキュウリが必ず入る英国を代表するカクテル「ピムス」は、オレンジとイチゴ、ミントがプラスされフルーティーにアレンジ。ジン、ベリー、チョコレートソースをシェイクしてスパークリングワインとソーダで割った「ダブルデッカー」は同店のオリジナルカクテルで、バスのチケットを添えたプレゼンテーションが個性的だ。ショートカクテルでは、英国菓子好きにはおなじみのルバーブを使ったマルガリータもある。
ハイボールはベースにウイスキー4種(中身は非公開)とリンゴの蒸留酒カルバドスをブレンド。アイラ島のウイスキーが好きな人にはたまらないピートの香りもうっすら漂う。ハイボールとジン&トニックは、1杯目が650円、2杯目は550円、3杯目は450円と飲めば飲むほど安くなるシステムになっていて、午後3時から午後7時のハッピーアワーでは1杯目から450円でお得に飲める。
英国のエッセンスはコーヒーにも取り入れられている。

コーヒーは、ショップインショップの独立したスタイルになっていて、「TENDERBAR & COFFEE(テンダーバー&コーヒー)」と別看板を掲げている。英国で焙煎(ばいせん)のキャリアを積んだ小田政志氏の「Raw Sugar Roast」と共同でオリジナルブレンドをつくり、ハンドドリップコーヒーを提供。テークアウトにも対応する。
同店を運営するダイナックホールディングス(ダイナック)は、東京・大阪を中心に112店舗のバーやレストランを運営。オフィス街では、宴会や社用使いに対応した居酒屋ビジネスを中心に展開していたが、新型コロナウイルス禍による生活習慣の変化に対応して、出店エリアや店の方針を大きく転換。今年に入り、Z世代、ミレニアル世代を意識した「焼鳥 ハレツバメ」や「鮨ト酒 日々晴々」など新ブランドを数多く立ち上げ、いずれも2~3回転するほど集客も好調だという。

「ジ・アールシー アームズ」の前身となる「ローズ&クラウン」は、同社が1999年に創業、今年の9月まで7店舗で展開していた。今回の再スタートの背景を、同社代表取締役の秋山武史さんはこう話す。
「ウィズコロナになって感じるのは、バーにおいても食事の要素を求められる傾向が強くなってきたことです。アルコールをメインに楽しむ人と、その横で食事をメインに楽しむ人が共存する傾向が強まるなかで、そこに応える店作りが求められていた」
同時に、「場」や「時間」に対してお金を払い、店の使い方は自分で決めたい、というニーズを強く意識したという今回の店づくりは、使い手の利便性を追求し「ALL DAY USE」をコンセプトにしている。しかし、ただ使い勝手がいいだけでなく、エッジの立ったサービスや商品を織り交ぜながら、英国の今と昔を両立させ、オンリーワンのブランドを目指す。

「英国の食そのものに関する情報は少なく、また正しく伝わっていないことも多い。新しいトレンドも届いていないなかで、この店がそうした発信の場になっていけたら」と新たな意気込みを語る。
今後、新橋、秋葉原の「ローズ&クラウン」も有楽町と同じ業態に移行し、規模の小さい神田店と八重洲店は「ジ・アールシー ゲート」としてすでに再スタートを切っている。客単価はパブ使いで2000円、お茶やランチで1800円、デート使いでは5000円を想定。ビール片手のコミュニケーションから大きく脱皮した最新の英国パブは、ミレニアル世代でなくても気になる存在だ。
(ライター 伊東由美子)
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