DX極めた焼鳥店 スマホで味付け、お酒の濃さまで選択

注文から決済までをスマートフォンで行うDX(デジタルトランスフォーメーション)焼鳥店が登場した。店内には、紙メニューもなければ、タブレットもない。酒場によくある張り紙もない。そして驚くのが、レジすらないこと。すべてクレジットカード決済となる。徹底しているのは、領収書さえ店頭では発行せず、決済画面から、希望のメールアドレスに送る仕組みだ。紙類や現金が客の目に触れることはない。
その店の名は「焼鳥IPPON(いっぽん)」。9月初旬、JR大崎駅直結の複合施設「大崎ニューシティ」(東京・品川)に開店した。
ここ2年ほど飲食業界ではDXが話題だ。若年人口が減少する中、人手不足が深刻化することは明らか。現場の生産性向上が不可欠という中で、「ロイヤルホスト」を展開するロイヤルホールディングスが完全キャッシュレスの店舗を出店したのをはじめ、多くの企業が予約を含めてモバイル注文・モバイル決済を進めたりしているが、ここまで割り切った戦略を取るのは聞いたことがない。しかも、焼鳥店としては日本初だろう。
オープン初日、事前に予約して訪店した。平日の午後4時、さすがに客はほとんどいなかった。店に入って印象的だったのは、内装が実にシンプルなこと。カウンターとテーブルに分かれているが、席に座った時に目の前にメニューもタブレットもなく、壁の張り紙もないからゴチャゴチャした感じがない。大人の空間なのだ。おまかせしかない高級すし店に行ったような気分になる(正直に言うと、高級すし店には1回くらいしか行ったことがありません)。

席に着くと、注文画面にアクセスするためのQRコードが記載された、レシートのような紙を渡される。早速オーダーするが、結構使いやすい。例えば、「お好み串焼き」(5本、880円)は14種ある「焼鳥」「つくね」「巻き串」から選ぶ仕組みで、それぞれ味付けはタレか塩かを選択できる。個人の好みに応じたカスタマイズを可能にしているのだ。最初にシステム側からオススメを提案されるので、好みならそのまま、違う味が好みなら変更すればよい。これは単品の串物を注文する時も同様だ。


カスタマイズについては徹底していて、サラダについても「私のサラダ」(550円)と称して、ロメインレタスやベビーリーフなど4種を合わせたベースに、トマトやブロッコリー、赤キャベツマリネなど8種のトッピングから3種を選べる。
「じゃあ、味はどうなの?」という話だが、これがなかなか良いのだ。串物の鶏肉は少し小ぶり。最近は、大きく切った鶏肉を串に刺したジャンボ焼き鳥も増えているが、正直食べきれない。これなら一人でもいろいろな串物を楽しめる。もちろん単品は1本から注文可能だ。
味やアルコール濃度までスマホで選べるレモンサワー

タレはやや甘めだが、甘すぎることはない万人受けする味付け。塩は天日干しの塩に貝化石カルシウムなどを配合し、60種以上の海のミネラル成分を含んだものだそう。それがどのようにおいしさにつながるのか、よく分からなかったが、過不足ない味だった。
サイドメニューも20種類ほどある。「トマトとおくらの土佐酢ゼリー」(450円)や「鶏出汁茶わん蒸し」(400円)は、だしのうま味がしっかり感じられる。鶏づくしでなく、魚系メニューもある。焼き鳥の焼き加減も上品で、店の落ち着いた内装を含めて、ちょっといい焼鳥屋に来ている感を醸し出している。

そして、もう一つ面白いのは、ドリンクだ。ここでもDXをさく裂させている。
まずは、ダイナミックプライシングを実装していること。ダイナミックプライシングというと面倒臭いが、時間帯や曜日によって、価格を変更できる仕組みのこと。分かりやすいのが、ハッピーアワーだ。「IPPON」は、この仕組みをオーダーに取り入れている。バックヤードで設定を調整すれば客入りが少ない時間帯や曜日だけ「お得」にして、集客につなげることができるという理屈だ。
人気のレモンサワーもひと工夫している。レモンの種類を3つから選べるとともに、アクセントとしてハチミツ、ジンジャー、ソルトの3つのうち1つを無料で追加できる。少しオシャレな居酒屋でこうしたアレンジをするところもあるが、モバイルで実現しているのはそうはないだろう。

そして画期的なのが、アルコールの濃さを選べることだ。取材した緊急事態宣言下の9月はノンアルコール固定になっていたが、注文画面で指を滑らせれば、濃いめからノンアルまで、自分好みにできるという設定。厨房で、どんな注文伝票が出てくるのかぜひ見てみたい。
とにかく、意欲的な店なのだ。
経営するのは居酒屋大手のDDホールディングス。コロナで業績が悪化する中での久しぶりの新店だ。「やるなら徹底的に」ということだろう。ちなみにシステムを開発したのは、飲食店向けの予約台帳システムで実績があるトレタ(東京・品川)という会社。同社が開発したモバイルオーダーシステムの導入第1弾がDDの「焼き鳥IPPON」ということだ。
ただ、紙メニューなしのモバイルオーダーのみ。ついて来れない客も少なからずいるはずだ。ファミリーレストランの「ガスト」もタブレット注文を全店に導入した当初は紙メニューを全廃したが、操作方法が分からない客が多かったためか、途中から紙メニューを復活させている。
シメのラーメン、雑炊、定食も魅力

店内に事業責任者である事業会社のダイヤモンドダイニング(東京・港)の北島康次第一営業本部副本部長がいたので、いろいろ聞いてみた。
――よくここまで思い切りましたね。
「社内でもトレタさんともいろいろ議論したんですが、やるなら振り切ろうという思いです」
――ガラケーしかない人やクレジットカードを持たない人はお客さんにならないですよね。
「そこも割り切りです。店頭で興味をもってもらえても、説明するとあきらめる方もそこそこいます」
――操作方法に慣れない人も多いのでは?
「現状は、付きっ切りで操作方法を教えています。そこに手間がかかるようですが、スタッフが持つハンディで注文する仕組みだと、商品の特徴などスタッフへの教育に膨大な手間がかかる。ところがモバイルなら、使い方さえ教えればよい。スタッフは料理の提供だけに専念できるんです。これは大きいです。IT企業の多い大崎という立地からか、意外とお客様も対応してくれていますね」

まだあくまで実験段階とのことだが、DXという話題から離れても、なかなか良い店だと思う。シメも「鶏白湯ラーメン」(650円)や「鶏出汁玉子ぞうすい」(600円)があるほか、定食風のメニューもある。「濃厚卵かけごはんと鶏出汁みそ汁(お漬け物付)」(600円)がそれだ。
この定食は、6種類の付け合わせから2品を選ぶことができる。ご飯は当日精米したコメを小さな釜で炊いたもの。たっぷり2杯分はあり、焼き鳥2本くらいとサイド1品を頼めば、酒抜きの夜定食にも持ってこいだ。ちなみにランチは、これをアレンジした御膳を1000円で提供している。

DDは2000年代前半、奇抜なコンセプトと内装のカッコ良さで居酒屋業界に新しい風を吹き込み、上場まで果たした。松村厚久社長は一躍、時の人になった。ところが、東京・山手線駅近に大箱店舗を展開する勝ちパターンが、コロナによるテレワーク推進と営業時間短縮、酒類提供自粛で逆回転した。
その中、乾坤一擲(けんこんいってき)で繰り出してきたのが「IPPON」という訳だ。長年、DDを見てきた身とすると頑張って欲しいという気持ちが大きいのと、「IPPON」がかつてのDDらしくないシンプルな作りであることに驚いた。
ただ、一つだけ苦言を。お通しとかがないのはいいですが、単品価格が少し高くないですか?
(フードリンクニュース編集長 遠山敏之)
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