知ってびっくり! 「ツナ缶」の意外な真実とは
黒川博士の百聞は一缶にしかず(22)

かつてタレントのマツコ・デラックスさんが言っていた。「料理の味が物足りないと思ったら、取りあえずツナ缶を入れるわね」と。缶詰の中で最も身近なひとつが「ツナ缶」かもしれない。料理の素材としても定番化しており、料理をさほどしない人でも総菜やサンドイッチの具材として無意識に口にしていると思うからだ。
ツナ缶の歴史は古い。1860〜70年ごろフランスで発祥した、とされている。当初のものはビスケー湾でとれたビンチョウマグロの油漬けだったという。日本で初めて試作が行われたのは明治時代で、その後、1928年(昭和3年)になって本格的に商業生産が始まったらしい。今では20を超すブランドから90種類近くのツナ缶が販売されている。野菜スープ漬けやバター風味など味付けも様々なバリエーションがあるが、もっとも売れているのは、やはりスタンダードな油漬けタイプだ。
そんな身近なツナ缶にも、あまり知られていない意外な真実がある。例えば、製造から2~3年経過した方がおいしいということ。実はこれ、缶詰業界では常識であります。

油漬けのツナ缶の中でも、肉質が塊のタイプ(ファンシーやソリッドと呼ばれる)は、食べごろになるまで時間がかかる。上の写真の2缶はビンチョウマグロの油漬けファンシータイプで、どちらも同じ商品だが、製造時期が違う。左は製造後11カ月が経過したもので、右は製造後2年10カ月たったものだ。
肉片の大きさが異なっているのは個体差なのでスルーしてほしいが、見るべきは表面の状態。左は肉が所々で盛り上がっているが、右側はフラットになっている。ツナに油が染みこんで落ち着いている。味にも違いがある。左は肉と油、塩の味を別々に感じるが(まずいわけではない)、右は塩気が馴染み、全体的に味は均一だ。
この缶詰を提供してくれたのは、由比缶詰所(静岡市)。1933年(昭和8年)創業のメーカーである。自社ブランドのツナ缶にこだわりを持ち製造後、約半年間倉庫で保管してから出荷している。味がなじんだ状態の缶詰を提供したいという心配りからだが、本来は3年間あるはずの賞味期間を自ら約半年も縮めて販売していることになる。何ともメーカー側の心意気を感じるではないか。

■米国へ輸出したら大好評だった「油漬け」
日本で最初にツナ缶を商業生産したのは、静岡県の水産試験場で技官を務めていた村上芳雄という人だった。当時、最新の設備を備えていた焼津水産学校で120箱のビンチョウマグロの油漬けを製造し、米国へ輸出したところ、大好評を得たそうな。
「ツナ缶は重要な輸出産業になる」と確信した彼は、地元経済界の実力者、鈴木与平に事業化の相談を持ちかける。サッカー好きならご存じでしょうが、清水エスパルスの運営会社を傘下に収める鈴与グループの6代目の方であります。そうこうした後、1929年(昭和4年)に清水食品(静岡市)が誕生した。つまり同社は日本のツナ缶製造のパイオニアというワケだ。
現在の清水食品のツナ缶は、グループ会社のミヤカン(宮城県気仙沼市)で製造されている。日本製のツナ缶の9割以上が静岡県で製造されていることからすれば、かなりレアなケースといっていい。とはいえ気仙沼は世界3大漁場のひとつである三陸沖に面している。ツナ缶原料のマグロも通年で水揚げされており、製造には適した地域なのである。
同社のツナ缶で僕のお気に入りは、オードブルツナというシリーズ。脂が乗ったビンチョウマグロの肉を薄くはがしてリーフ状にし、バター風味、ワイン風味、白しょうゆ風味の3種類の味で仕上げてある。ツナの身はもちろん、汁までおいしい。

■カレーの具にも使ったあのCMに衝撃
日本のツナ缶市場での最大手は、はごろもフーズ(静岡市)であります。商品名として登録している「シーチキン」はツナ缶の代名詞にもなっており、他社製品でもシーチキンと総称する人は少なくない。かつて携帯オーディオプレーヤーを「ウォークマン」と呼んでしまっていたのと同じ現象であります(ウォークマンはソニーの登録商標)。
はごろもフーズの創業は1931年(昭和6年)で、清水食品に次いで2番目に古い。同社の功績は、いち早くテレビコマーシャルを打ち、ツナ缶の国内需要を盛り上げてきた点だと思う。日本のツナ缶メーカー各社は、黎明(れいめい)期からずっと輸出用に製造・販売してきたが、為替レートの変動や米国の関税引き上げなどで次第に先細りとなったため、50年代半ばには輸出を諦め、国内販売に切り替える必要性に迫られた。
僕も、女優の十朱幸代さんが出演したシーチキンのコマーシャルを覚えている。確か80年代に入ったころだと思うけど、カレーの具にシーチキンを使っているシーンが衝撃的だった。その当時、カレーにツナを使うなんてにわかに信じられなかったからだ。
シーチキンは種類が豊富で、油漬けの他にも水煮や和風味、食塩不使用など様々なタイプがそろっている。ちょいと珍しいものでは「炙りとろ」という商品もある。キハダマグロのとろ肉をじか火で炙(あぶ)り、オリーブ油漬けにしたものである。表面は香ばしく焦げているが、中心部は美しいピンク色で、まるでレアのよう。酸味を伴う濃いうま味が特徴で、わさびしょうゆをまぶして酢飯に乗せれば、海鮮丼のネタにもなる。
ツナ缶に使われる油はオリーブ油、大豆油、ひまわり油、綿実油などがあり、すべて純粋な植物油だ。ツナのうま味も溶け込んでいるので、捨ててしまったらもったいない。ぜひ、炒めものやドレッシングに使ってほしい。
(缶詰博士 黒川勇人)
1966年福島市生まれ。東洋大学文学部卒。卒業後は証券会社、出版社などを経験。2004年、幼い頃から好きだった缶詰の魅力を〈缶詰ブログ〉で発信開始。以来、缶詰界の第一人者として日本はもちろん世界50カ国の缶詰もリサーチ。公益社団法人・日本缶詰びん詰レトルト食品協会公認。
※「黒川博士の百聞は一缶にしかず」は今回で終了します。
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界