ワイン映画が公開ラッシュ グラス傾け産地へ思い
エンジョイ・ワイン(54)

この秋はワインをテーマにした映画の公開ラッシュだ。11月以降、少なくとも5作品が立て続けに上映される。いずれもドキュメンタリーや実話に基づいたストーリーで、映画としての面白さだけでなく、実際に売られているワインが話の展開と共に次々と登場するのも見どころだ。鑑賞後、作品の中に出てきた産地や造り手に今一度思いを馳せながら、ワイングラス片手に秋の夜長を過ごしてみてはいかが。
5作品中2作品は、日本国内で栽培したブドウから造る「日本ワイン」を扱った作品になっている。ワインを主題にした映画はこれまでも数多く製作されてきたが、日本ワインに焦点を当てた作品は極めて珍しい。近年の日本ワイン人気の高まりを反映したものと言えそうだ。
『シグナチャー』は「現代日本ワインの父」とも称される醸造家の故・麻井宇介さん(本名・浅井昭吾さん)と現シャトー・メルシャン・ゼネラル・マネージャーの安蔵光弘さんとの交流を通して日本ワインの発展を描いた作品。今年のフランス・ニース国際映画祭で最優秀作品賞を受賞したほか、安蔵さんの妻役を演じた竹島由夏さんが同じく今年のパリ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞するなど完成度も高い。
物語の後半、俳優の平山浩行さん演じる安蔵さんが、留学先のフランスから一時帰国し、榎木孝明さん演じる、がんで闘病中の麻井さんを見舞うシーンがある。ふだんは柔和な語り口の麻井さんが、「君が日本のワインを背負って行ってくれよ」と最後の力を振り絞るかのようにして安蔵さんを激励する場面は印象的だ。安蔵さん本人によると、麻井さんは実際にそう言って安蔵さんの背中を2回たたいたという。
※11月4日より新宿武蔵野館ほか全国公開

フランス語で日本ワインを意味するタイトルの『ヴァン・ジャポネ』は、フランス人のワイン専門家が日本各地のワイナリーをめぐり、生産者やワインを紹介している。特段ひねりがあるわけでもなくシンプルな構成だが、青々としたブドウ畑の映像や生産者自らがワイン哲学を熱く語る様子を見ていると、自然とその生産者のワインが飲みたくなってくるから不思議だ。
監督のNORIZO(のりぞう)さんは「日本にもおいしいワインがたくさんあるぞ、ということを、日本人を含め世界中の人に知ってほしいという思いでこの作品を撮った」と話す。海外での配給も計画している。今回は山梨、長野、新潟、北海道に焦点を当てたが、他の産地も紹介するために第2弾の製作も検討しているという。
※11月25日からエビスガーデンシネマにて上映開始
お次は『ソウル・オブ・ワイン』。ロマネ・コンティをはじめ世界最高峰と言われるワインの数々を生み出すフランス・ブルゴーニュ地方のブドウ畑やワイナリーにカメラを入れ、素晴らしいワインはいかに生まれるのかを探ったドキュメンタリー映画だ。

世界の頂点に立つワインの造り手ばかり
セリフが少なく、その分、畑やワイナリーで黙々と作業をする人々の映像が脳裏に焼き付く。フランスからオンラインでインタビューに応じたマリー・アンジュ・ゴルバネフスキー監督は、「私は印象派の監督なので、頭で理解するのではなく、映像を見て心で感じ取る作品づくりが信条」と説明する。
作品に登場するのは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティやドメーヌ・デ・コント・ラフォンなどまさに世界の頂点に立つ造り手ばかり。いずれの生産者も長年、農薬も化学肥料も使わない有機農法や、有機農法以上に自然との調和を重視するビオディナミ農法でブドウを栽培している点が共通している。
ゴルバネフスキー監督は「ワインは造るものではなく自然の中から生まれてくるもの。だから自然を敬い、自然の声を聞きながら仕事をする職人たちの姿を撮りたかった」と話す。
※11月4日よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー。

『戦地で生まれた奇跡のレバノンワイン』は、中東・レバノンでワイン造りにかかわる人々にインタビューし、戦争の不条理さや人間のたくましさを描いた社会派ドキュメンタリー作品に仕上がっている。完成に約7年を費やした労作でもある。
レバノンは数千年におよぶ長いワイン造りの歴史を持ち、今でも生産量は少ないながらも高品質のワイン造りで知られる。しかし、長引く内戦やイスラエルとの戦争で国土は荒廃し、ワイン産業も大きな打撃を受けた。作品にはワイナリーの敷地内に爆弾が落ちてもなおワインを造り続ける兄弟や、11歳で父親から銃の扱い方を教わり、その父の遺志を継いでワイナリーを経営する女性などが登場し、死と隣り合わせのワイン造りについて生々しく語る姿が印象に残る。
日本にも輸入されているシャトー・ミュザールの2代目オーナーで、英国の有力ワイン雑誌デキャンタが1984年に創設した「マン・オブ・ザ・イヤー」賞の初代受賞者に輝いたセルジュ・ホシャールさん(2014年末に他界)は、作品の中でこう語っている。「ワインは実に偉大な師だ。人々の心を通わせるのだからね。心が通えば平和になる。戦争はしない」
※11月18日よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

笑いあり涙ありのドキュメンタリー
最後に紹介する作品は、笑いあり涙ありのドキュメンタリー映画『チーム・ジンバブエのソムリエたち』。アフリカの貧しい国を襲った経済危機で生活が困窮し、生きるために隣国の南アフリカに命懸けで密入国した4人のジンバブエ人男性が、レストランなどで働くうちにワインに目覚め、意外な才能を発揮。チームを組んでフランスで開かれるブラインドテイスティングの世界大会に挑むというストーリーだ。荒唐無稽に聞こえるが、すべて実話だ。
エンターテインメントとして鑑賞するならば、5本の中ではこれが一番のおすすめ。主役4人の明るいキャラクターが笑いを誘う一方、本気で努力する彼らのために親身になって応援する周囲の温かい目に心が和む。大会本番中もカメラが4人に密着するので、ハラハラドキドキ感も味わえる。
同時に、不法移民って何だろう、国境って何だろうという今日的な問いを、見る人に投げ掛ける社会派作品でもある。
※12月16日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
(ライター 猪瀬聖)
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