実は季節で味わいが異なる塩 身体調える「調身料」
魅惑のソルトワールド(65)

「塩は本来、季節によって味わいが異なるもの」と聞いて、首をかしげる方が多いのではないだろうか。「前回買った塩と味が違う」と消費者側から言われるのを避け、生産者側が作りだめしておいた塩をブレンドして出荷したり、味がブレないよう季節ごとに製法を微妙に変化させたりしているため、味の違いに気づかぬ事情があるのは確かだ。だが、季節の移ろいとともに自然の光景や旬の食材が変化するは、塩もまたしかり。塩を育む海が川を通じて山とつながっているからである。
春になれば、山からの雪解け水が川を伝って海に流れ込み、栄養が豊富になる。夏は太陽の力で表層水が光合成を繰り返し、プランクトンが増殖。秋になると海は調和がとれた状態になり、冬になるとすっきりとクリアになる。海水がもとの塩も当然、季節に応じて味わいが異なる。そこで今回は、この四季の移ろいを塩づくりに生かそうとしている生産者をご紹介しよう。「百姓の塩」などを手がける百姓庵(山口県長門市)の井上雄然氏だ。
百姓庵は四方を原生林に囲まれ、豊かな山の栄養が二つの大きな川を伝って流れ込む油谷湾を眼前に臨む場所にある。汽水域のため塩分濃度は低いが、山と海のミネラルが混ざり合うことで、季節感に富んだ海水をくみ上げることができる。今までは他の製塩所と同様に、塩の味に大きな差が出ないよう季節ごとに調整して製品化していたという。井上氏が四季の移ろいを塩作りに生かそうと方針転換したのは、「単なる味付けのためだけの調味料ではなく、塩に含まれるミネラルは身体を調えてくれる『調身料』」との考えに基づく。ほぼそれと同時期、季節で移ろう肌をサポートする化粧品会社との出合いもあり、彼らの協力も得て「百姓の塩」は「za you zen 四季の塩ー雪月風花ー」(以下、四季の塩)としてリスタートした。

季節で異なる塩のミネラルバランス
春夏秋冬でどれほど塩は変わるのか。このコラムで何度かご紹介してきたが、塩の味わいは塩に含まれるミネラルバランスによって異なる。簡潔に言うとナトリウムが多いとしょっぱさを、マグネシウムは苦味やうまみ、カリウムは酸味やキレの良さ、カルシウムは甘味をそれぞれ演出する。
「四季の塩」は、しょっぱさの目安になる食塩相当量(ナトリウムから導き出される数値)が春夏秋冬のいずれも100グラムあたり91.9グラム~92.4グラムと少なめ。どれも突き刺さるようなしょっぱさはなく、まろやかだ。
では、ほかのミネラルのバランスはどう変わるのか。井上氏は客観的なデータを得ようとできあがった塩を金属元素定量分析にかけている(JIMOS調べ)。それによると、夏の塩がもっともマグネシウムやカリウム、カルシウムの含有量が多い。微量に含まれる鉄や亜鉛、ストロンチウムも同様だ。テイスティングしてみると、全体的にボリューム感がある濃厚な味わいの中に、よい意味での雑味がちらちらと見え隠れする。舌の上や喉の奥に長い時間うまみが滞在し、形状で例えると金平糖のイメージだ。
一方、冬の塩は夏とは真逆で、ミネラルの含有量が最も少ない。味わいは繊細でクリア、余韻も短めですっきりしている。春の塩はミネラルのバランスが良いが、鉄が少ない。海藻が育つ時期でもあり、その影響もあってか海藻や磯の香りが漂う。ボリューム感は中ぐらいで、後味にほのかだが心地よい苦味が残る。
秋の塩も夏の塩同様にボリューム感があるが、一年のうちで最もバランスが取れた味わいで、きれいな球体をイメージさせるなめらかさがある。味覚のレーダーチャートを作るとまん丸になる。
見た目で塩の季節を見分ける方法は今のところない。製法が同一であれば基本的に同じ結晶の形に仕上がるし、色も春夏秋冬のものを見比べてようやく気づく程度の違いにすぎないからだ。しかし、なめてみると驚くほど味わいが異なるのがわかる。今まで数多くの人たちにテイスティングしてもらったが、どの季節の塩が一番好きかは、その人の体調や体質、食事の嗜好によって違う。なんとなくの傾向だが、疲れがたまっている人にはどうやら「夏の塩」は強すぎるようだし、元気いっぱいの人には「冬の塩」は繊細すぎるようだ。
私たちの身体は四季を通じて大きく変化する。同じ季節の中でも細かく変化し続け同じ日は1日としてない。日によって「おいしい」と感じる塩が変わるのは自然なことだ。「四季の塩」はまさに自然の移ろいをそのまま映し出し、日々変化する私たちの身体に寄り添い、調えてくれるまさに「調身料」なのだ。

旬の塩に旬の食材を合わすのがベスト
では、この四季の塩を食卓でどう活用すればいいだろうか。それはもちろん、季節の食材と合わせること。少量の塩で食材の持つ特徴やおいしさを存分に引き出すことができる。四季の塩を食卓に全部並べて、食材につけたりかけたりして、合う合わないを試してみるのも一興だろう。ご参考までに季節の塩と相性の良い食材をいくつか挙げてみる。
▼春の塩
【相性の良い食材】
山菜、キャベツ、きくらげ、クレソン、ルッコラ、春菊、さやえんどう、たけのこ、新玉ねぎ、ニラ、いちご、グレープフルーツ、カツオ、タイ、シラス、白魚、サワラ、メバル、タコ、ワカメ、モズク、ハマグリ、アサリ
【おすすめの料理】
山菜のてんぷら、たけのこの炊き込みごはん、ルッコラとクレソンのサラダ、春菊のごまあえ、ニラのおひたし、カツオの塩たたき、サワラのカルパッチョ、タコのセビーチェ、グレープフルーツを使ったカクテル、ハマグリのお吸い物など
▼夏の塩
【相性の良い食材】
枝豆、アスパラガス、インゲン、オクラ、キュウリ、シシトウ、トウモロコシ、レタス、トウガン、トマト、ゴーヤ、梅、スイカ、さくらんぼ、イチジク、メロン、桃、アジ、穴子、アユ、イワシ、マグロ、太刀魚、昆布、サザエ、牛肉、鹿肉
【おすすめの料理】
枝豆の塩水漬け、ゆでアスパラガスと卵のサラダ、トウモロコシの天ぷら、レタスの塩炒め、冷やしトマト、アジの塩焼き、穴子の白焼き、アユの塩焼き、塩漬けマグロ、ローストビーフなど
▼秋の塩
【相性の良い食材】
カボチャ、サツマイモ、里芋、きのこ類、ナス、チンゲンサイ、カブ、栗、ユズ、リンゴ、カリン、熟した柿、かぼす、サケ、サンマ、カツオ、エビ、イカ、皮付きの鶏肉
【おすすめの料理】
カボチャの塩煮(サツマイモ、里芋でもOK)、塩きのこ、焼きナス、チンゲンサイの塩炒め、ふかし栗、サンマの塩焼き、タルトタタン、イカの刺し身、チキンソテーなど
▼冬の塩
【相性の良い食材】
カブ、大根、カリフラワー、セリ、ゴボウ、レンコン、小松菜、ほうれん草、人参、長いも、いよかん、レモン、サバ、タラ、ハマチ、ヒラメ、フグ、ブリ、ワカサギ、カキ、豚肉
【おすすめの料理】
大根の浅漬け(カブでもOK)、カリフラワーペースト、セリと豚肉とゴボウの鍋、ワカサギのフライ、塩レモン、焼き長いも、ハマチやヒラメの刺し身、ブリの煮物、カキフライなど
1つ注意してほしいのは、塩をどのくらい必要とし「おいしい」と感じるかは、その人がその日どういった生活を送ったかによっても異なる。汗をたくさんかいた人やカリウムを含む食事を多く摂っている人は自然と多めに塩をかけたくなったり、味のボリューム感がある夏の塩などを欲しがち。汗をかいていない人やナトリウムが多めの食事を摂っている人は塩の量は少なめで、繊細な味わいの冬の塩が欲しくなるだろう。全員がおいしく食事を終えるためにも、ベースの味付けはぜひ薄味で仕上げて、自分の好きな塩を好きな量かけて食べるようにしてみてほしい。こうすることで、健康面でよい影響があるだけでなく、塩を途中で変えることで味の幅が広がり、楽しみも増える。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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