橋爪功さんに学ぶ 表現を立体的にする(井上芳雄)
第123回

井上芳雄です。9月は14日に天童よしみさん、山内惠介君との3人で、「スーパー・ボーカル・トリオ・コンサート」と題して、演歌、ミュージカルからロック、ポップスや世界の名曲までいろんなジャンルの曲を歌うコンサートを開催しました。16~19日は橋爪功さんの朗読劇企画「リーディングプロジェクト」の第1弾公演に出演しました。どちらも、形のないところから新たなものを作り上げる企画。しかもジャンルの違うものを続けてやったので、濃い1週間になりました。学ぶことの多い、刺激的な時間でもありました。
天童さん、山内君と一緒にコンサートをするのはもちろん初めて。お2人にとっても数多くのポップスや外国の曲に挑戦するのは前例がないこととあって、リハーサルを念入りに、コンサートとしては珍しく1週間をかけました。
リハのとき、天童さんが、演歌歌手は基本的に1人で主旋律を歌うから、ハモるという概念があまりなく、すぐにはうまくできないとおっしゃっていました。また、初めて歌う曲は耳で覚えるそうです。なので、何回も練習を繰り返していました。リハといっても、天童さんも山内君もほとんど力を抜かないし、声を出し続けます。演歌の世界では、1年に1曲、新曲があって、その新曲を大事に歌い続けて、紅白を目指すとうかがいました。お2人はずっとそれをやってこられて、成し遂げている人たちなので、ご自分の新曲と同じように、どの曲にも向き合っている感じでした。その歌に対する姿勢に感銘を受けました。
そんなふうにリハから100%の力を出していましたが、コンサートの本番ではさらに魅力が増して、見せ方がばしっと決まるのは、お2人ともさすがでした。天童さんは、ゴスペルやポップスの練習中にうまくいかないとおっしゃっていたところも、本番になると必ず決めます。天性の歌手なんだなと感心しました。
山内君は、音を伸ばすところで体を反らして歌っていました。「イナバウアーのように」とか「腰で歌う」と言っていました。僕もまねしてみましたが、うまくできません。ミュージカルだと何かの役を演じているので、腰を反らせて歌うことはあまりありません。でも歌手は、極端に言えば、本人のスタイルであればどんな格好で歌ってもいいわけです。発声的にも理にかなっているし、そこに歌に対する自由さを感じました。そういう歌手としての見せ方を、お2人からたくさん学ばせてもらいました。
デュエットも得るものが多かったです。天童さんは大先輩で、素晴らしい歌手なので、一緒に歌えるのは本当に幸せなこと。『美女と野獣』を3人で歌って、ミュージカル『ルドルフ ザ・ラスト・キス』から『サムシング・モア』をデュエットしました。ハモるのは慣れてないとおっしゃっていたのですが、やはり一流の歌手なので、僕の声をしっかりと聞いてくれます。僕も天童さんのビブラートの幅が何となく分かってきて、それが回を重ねるごとに溶け合ってきて、「うわ-、今、1つになった」という瞬間がありました。
歌の押し引きも素晴らしかったです。演歌の唱法は、強く出すところと弱く引くところがあって、それも細かく、この1音だけをぱっと強く出したり引いたりというのが、隣で歌っていると伝わってきます。ミュージカルだとセリフとして歌うから、急に声を大きくすることはあまりありません。でも歌手はそれが自由だし、もっと立体的に歌うというのかな。天童さんのような本当にうまい人と一緒に歌わせてもらうと、引っ張ってもらって、違う景色のところまで行けることを体感しました。
山内君とは、シャンソンの『愛の讃歌』を一緒に歌いました。彼の声がとてもシャンソンに合うので、自分たちでも「いいね」と言いながら歌っていました。僕たちは同年代なので、お互いに合わせるというよりは、同志としてどこか対等なところで競っている感じでしょうか。天童さんと声を合わせて1つになったというのとはまた違って、同じ気持ちを、違う声で歌っている喜びをひしひしと感じました。

『与作』で演歌の「こぶし」に挑戦
お2人から「こぶし」を学ぶコーナーでは、僕が『与作』に挑戦しました。一生懸命やっていたら、何となくできるようになって、「やればやるほどうまくなって、回っている」と言ってもらいました。実際はどうか自分では分かりませんが、もし多少でも本当に回っていたのなら、すごく楽しいことだと感じました。ミュージカルや僕がこれまで歌っていた歌には全然なかった要素なので。突然、競技点の付く技が加わった感じで、お客さまからの「おお、回ったね」みたいな反応もうれしかったし。体全体を使うから、感情だけではなくて、もっと身体的な歌になるし、面白かったです。
僕は力任せにこぶしを回したのですが、お2人が歌うのを聴いていたら、細かくさらっと回したり、笑いながら回したり、泣きながら回したりと、本当にバリエーションがたくさんあるんですね。洋楽でいうフェイクの節回しにも似ているし、自分が今後歌うときも力が入るようなところでは使えるんじゃないかと思いました。なので、その後で映画『タイタニック』のテーマであるセリーヌ・ディオンの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』を歌ったとき、実はちょっと回したりしてみました。そんな演歌と洋楽の共通点が見えたりもして、ためになりました。
ラストには、3人でクイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』に挑みました。正直言うと、僕はやるまでは懐疑的な気持ちもありました。3人でこの曲を歌うことが本当に必要なのかな。すごい努力をしないとできないのも分かっていたので、それに見合ったものが得られるのかなと。それで、この曲を1週間の間に一番練習しました。大変でしたが、やればやるほどできるようになって、本番では昼の公演も夜も何の不安もなく歌えたし、これで最後かと思うと感動もしました。だから結果やってよかった。それって何なのかなと考えると、まず曲自体が素晴らしいので純粋に音楽の力だし、さらにそれにチャレンジする喜びでもあるなと。歌ってみたら、3人それぞれのいいところが出たし、やってみることの大切さ、飛び込むことのすてきさを感じました。それは本当に練習のたまもので、ちゃんと練習したからこそ行ける世界があるんだな、とあらためて思いました。
アンコールの『友だちはいいもんだ』は、僕が提案しました。劇団四季のミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』の劇中歌で、三木たかしさんが作曲された曲です。三木さんは演歌もミュージカルも作曲されています。まさに2つのジャンルの懸け橋になる歌だと思って、ぜひ3人で歌いたいと。やっぱり仲間という意識がすごく強くなりましたね。
役者同士だと、1カ月稽古をして、1カ月本番をやるなかで仲が深まって、遠慮がなくなったり、お互いをある程度分かったりしていきます。でも歌手同士って、歌番組でお会いするのがほとんどで、その場限りのおつきあいになりがちです。でも今回は、公演は1日で昼と夜の2回でしたが、1週間リハをして一緒の時間を過ごして、同じ課題にチャレンジしたことで、ジャンルの壁がなくなったように思いました。本当に素晴らしい仲間だという気持ちに僕はなったし、お2人もそうだったように感じます。天童さんは大先輩なので、おこがましいですけど。その一体感がすごくうれしかったし、ジャンルが違うからこそ学べたこともたくさんありました。違う相手を知ることは、自分を知ることにもなります。準備や練習は大変なことではあったけど、やったかいはありました。

ヅメさんの空気感やテンポにのっかる
9月16~19日に公演があった橋爪功さんの「リーディングプロジェクト」でも、それに近いことを感じました。橋爪さんとは2017年に『謎の変奏曲』という2人芝居の舞台でご一緒して以来、ヅメさんと呼んで親しくさせていただいています。今回は第1弾の公演に声をかけていただき、喜んで出させていただきました。公演は二幕構成で、第一幕はヅメさんとタップダンサーのRON×Ⅱさんによる朗読劇『関節話法』。そして第二幕が、ヅメさんと僕による朗読劇『船を待つ』でした。初老と青年の男の話で、2人の間で過去に起こった出来事を巡る物語が展開します。
ヅメさんは本当にお芝居がうまいので、一緒にやったら何か得られるものがあるんじゃないかという思いで臨みました。それで分かったのは、2人芝居だからヅメさんの空気やグルーブや音量やテンポにのっかればいいんだということ。自分一人でそれをつくるとなると大変ですが、ヅメさんは空気感やテンポをつくるのがお上手なので、ただそこにのっかっていけば、自然とその世界になるし、それがまた心地よくもあります。5年前に『謎の変奏曲』をやったときは、どうやってのったらいいかも見えてなかったように思います。ヅメさんがすごくうまいのは分かるけど、自分がぎくしゃくしているのも分かるみたいな感覚だったので。でも今回は、少なくとものれてはいるんじゃないかという手応えがありました。それは収穫だし、僕自身の成長でもあるのならうれしいことです。
もう1つの収穫は、天童さんの歌と一緒で、ヅメさんは押し引きがすごくうまいんです。決して大きい声でしゃべるわけではないけど、ここぞというポイントや意外なポイントで、これは大事なことかもしれないというサインをお客さまに感じさせる。そういう表現を立体的にする作業がやっぱり絶妙なのです。僕はまだそれができるようになってはいませんが、「そういうやり方があるのか」という気づきはありました。ヅメさんにのせられて、より出してみたり、より引いてみたりする場を与えてもらったので、自分の中では今までよりも高低差のある感情の世界を漂った実感がありました。
今回ヅメさんは演出もされました。役者さんだから、指示してくれることがよく分かります。最初に言われたのが、「もっと感情がよれて千々(ちぢ)に乱れてくれ」。読むだけでは、お客さまが想像しにくいところがあるけど、そこを感情の迫力で伝えて、大の大人が泣いたり、叫んで怒ったりしてみてほしい。そう言われて、できる、できないはさて置き、すごく納得しました。演出でも、表現を立体的にしてくれていたのだと思います。
読売日本交響楽団在籍のチェリスト、渡部玄一さんの生演奏もすてきでした。ヅメさんからは「物語を説明するような音楽にはしないでほしい」と言われていたので、渡部さんご自身のイメージで、オリジナルの曲を弾いてくださいました。難しい作業だったと思います。でも素晴らしい演奏でシーンとシーンの間をつないで、想像力をかき立ててくださいました。だから3人で成し遂げたという充実感がありました。

小さな舞台でしか得られないもの
第一幕の『関節話法』は、筒井康隆さんのSF短編を、ヅメさんの朗読とRON×Ⅱさんのタップダンスの音で表現していました。朗読劇の範疇(はんちゅう)を超えた面白いお芝居で、僕はただただ感心して見ていました。ヅメさんが関節を鳴らす音をRON×Ⅱさんがタップで表します。振り付けも全部RON×Ⅱさんに任されていたので、セリフに合わせて動けるように、「朗読劇だけど台本を全部覚えた」とRON×Ⅱさんが言ってました。1人の人間を2人で演じるという、不思議な、あのお2人にしかできない丁々発止の出し物でした。お客さまにすごく受けていたし、ヅメさんもそれがうれしかったと思います。
第一幕、第二幕と出ずっぱりだったので、ヅメさんは大変だったと思います。公演中に81歳になられたのですが、本当に敬服します。素晴らしい役者さんです。
今回の朗読劇をやった草月ホールは500席くらいで、公演の配信もなく、本当に限られた人にしか見てもらえないものでした。その小さな舞台でしか得られないものがあることもあらためて感じました。小さくなればなるほど、やっていることがシンプルになり、演技だけに集中できるようになります。集中しないと気づけないことがあると思うんです。 その一方で、たくさんの人に見てもらいたいというのも演者として正直な気持ちで、きっとそのどちらも必要なのでしょう。僕も最近はテレビのバラエティー番組に出る機会が増えて、つい反響が大きい方に流されそうになりますが、そうじゃないところにもちゃんと足を着けておかないといけないと思いました。
練習しないと得られないものもあるし、少数の空間だからこそ分かることもある。ジャンルも規模もスタイルも、いろんなものをやればやるほど学べることを実感した1週間。思っていた以上のものを得た、濃い時間でした。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。10月15日(土)は休載、第124回は10月29日(土)の予定です。
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