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「シラー」と「シラーズ」 違いを知ってワイン味わう

エンジョイ・ワイン(53)

NIKKEI STYLE

南フランス原産の人気ブドウ品種「シラー」は、場所によっては「シラーズ」と呼ばれる。語尾が少し違うだけでは?と思ったら大間違い。確かに同じ品種だが、原語のスペルは全然違うし、味わいのスタイルも大きく異なる。さらに言えば、呼び名の違いはマーケット戦略の反映でもある。シラーとシラーズの違いを知れば、ワインを選ぶ楽しみや、飲む楽しみが一段と広がること請け合いだ。

7月中旬、東京都内のワインスクールで「日本で味わうバロッサ」と題したセミナーが開かれた。バロッサはオーストラリア・南オーストラリア州にある同国を代表する銘醸地で、そこで栽培されたシラーズから造る赤ワインは世界的にも評価が高い。オーストラリアではシラー(Syrah)ではなく、シラーズ(Shiraz)で表記を一本化している。

今回のセミナーではシラーズ6種類、シラーズを含んだブレンドの赤ワイン3種類など計10種類を試飲した。赤ワインはいずれもフルボディータイプで、アルコール度数はすべて14.5度以上だった。ワインの世界では一般に、アルコール度数が14度以上だと度数が高いワインとみなされる。今回、試飲した中には17.5度のワインもあった。

どのワインも、完熟した果実の風味とアルコールの強さが相まって、非常にパンチの効いた味わい。ただ、近年はアルコール度数が低めでフレッシュな味わいのワインがトレンドなのに、プロモーション目的のセミナーにそうしたワインが1本も含まれていないことを、やや不思議に思った。

その疑問を「バロッサアジア大使」の肩書を持つ講師役のアンソン・ムイさんにぶつけたら、明快な答えが返ってきた。「もしアルコール度数が低かったら、それはもうバロッサワインとは呼ばない。アルコール度数の高いフルボディーのワインこそが、バロッサの気候を反映したバロッサワインのスタイルだ」

試飲した中でのおすすめは「ファースト・ドロップ マザーズ・ミルク バロッサ・シラーズ」(2750円)。フルボディーだがフレッシュな果実感もあり、飲み飽きない。価格も手ごろだ。

バロッサワインを試飲した翌日、都内で輸入業者主催の南アフリカワインの取引先向け試飲会があった。約50種類のワインの中にはシラーも数多く含まれており、試飲したシラーはどれも、バロッサワインとはまったく趣が異なる味わいだった。一言で表現すれば、テクスチャー(舌触り)がとてもなめらかで、心地よい余韻がいつまでも口の中に残る。アルコール度数が14度以下のものも多く、パンチの効いたというより、むしろエレガントスタイルだ。

試飲会を主催した酒類総合商社、マスダ(大阪市)のバイヤーで、名刺に「大使館認定・南アフリカワインスペシャリスト」とある三宅司さんは、「果実感となめらかさが南アフリカのシラーの特徴で、スタイル的には、南フランスとオーストラリアの中間」と解説。その上で「産地の気候は基本的に温暖だが、朝晩に温度が大きく下がるため、果実感もある、酸味もしっかりとしたシラーになる」と説明する。

表記は生産者任せの南アフリカ産

南アフリカでは、シラーと表記するかシラーズと表記するかは個々の生産者の判断に委ねられているという。「シラーと表記したものは『私どものワインは、どちらかというとフランスのシラーのスタイルに近いワインです』と強調したい生産者が多い。一方、シラーズは英語表記で一般に読みやすく、輸出先での売りやすさも考慮している場合が多い」と三宅さん。

試飲したシラーはすべてシラーと表記されていた。そのワケを尋ねると、「日本人の嗜好(しこう)に合うよう、酸味のしっかりした、飲んでいて飽きの来ないエレガントなスタイルのものを選んで輸入しているので、結果的にシラーと表記したものが多くなる」とのことだった。

その中で特に印象に残った1本は「ジュリアンスカール・ケープサウスコースト・シラー」(2750円)。非常にソフトな舌触りでフルーティー。品種の特徴であるコショウのニュアンスも感じられる。

では、引き合いに出された南フランスのシラーとは、どんなスタイルなのか。南フランスの中でも、高級シラーの産地として有名なのは、エルミタージュ地区を頂点とする北ローヌ地方だ。ローヌ川沿いの急傾斜地の畑で造られるシラーは、タンニンをしっかりと感じさせ、複雑な香りを帯びている。ロタンドンと呼ぶ白コショウの香りがはっきりと出ているのも、北ローヌのシラーの特徴だ。

ブドウにストレス与えて生み出す味わい

シラーは日本でも栽培されている。中でも、ロタンドンの香りがくっきりと出て北ローヌのシラーを彷彿(ほうふつ)させるものとして注目されているのが、長野県上田市にあるシャトー・メルシャンの椀子(まりこ)ワイナリーで造られているシラーだ。

椀子ワイナリーは上田市内の標高650メートル前後の風通しのよい丘の上に立つ。ワイナリー長の小林弘憲さんは、「ブドウの木が環境からストレスを受けるとロタンドンの香りの元となる物質が多く生成されて、ロタンドンの香りが強まる傾向がある。風が吹いてブドウの房が揺れたり、朝晩冷え込んだりするとブドウのストレスになる。そうしたストレスの重なりが、世界的にもユニークと言われる味わいの原因となっているのでは」と分析する。

もちろん、初めから北ローヌのスタイルを目指してシラーを植えたわけではなかった、という。「とりあえず日本の気候に合いそうな品種の1つとしてシラーを植え、収穫してみたら北ローヌのようなワインができた」と小林さん。まさに、ワインはテロワール(その土地の気候や土壌、地形などブドウの栽培に影響を与える要因)の産物と言われるゆえんだろう。

小林さんはまた、「ロタンドンはよく白コショウの香りに例えられ、生成量が増えると、山椒のような香りになる。だから、ロタンドンの香りがはっきりと出たシラーは、山椒の風味の効いた和食とよく合う」と付け加えた。

「シャトー・メルシャン 椀子シラー 2019」(6347円)

シラーは上に挙げた産地以外に、米カリフォルニア州やワシントン州、チリ、ニュージーランド、イタリア、スペインなど多くの国や地域で栽培されている。表記はシラーが目立つが、チリではシラーズと表記したワインも多い。テロワールや生産者の違い、さらには値段によっても、味わいは大きく変わる。ぜひ飲み比べして、ワインの奥深さを堪能してみてほしい。

(ライター 猪瀬聖)

※値段は税込み参考小売価格

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