煮干しラーメンに全集中 魚介6種のだし操る異色店長

2021年9月下旬、東京都杉並区に開店した『西永福の煮干箱』。15年にオープンした鰹にこだわったラーメン店『Bonito Soup Noodle RAIK(ボニート スープヌードル ライク)』(東京・杉並)、18年オープンの『CLAM & BONITO(クラム&ボニート)貝節麺raik』(同)に続く3号店目のサードブランド店だ。
同店を切り盛りするのは、宮澤正秀店長。ラーメン好きが高じ、畑違いのアパレル業界からラーメン職人の世界へと飛び込んだ筋金入りのラーメンマニアといっていい。『Bonito Soup Noodle RAIK』の味に魅せられ、18年4月、同じく、アパレル業界の出身である『Bonito Soup Noodle RAIK』の店主・郡山一成氏が率いる会社「GRID」に入った。
『RAIK』でメキメキと頭角を現し、その年の12月には、1号店の休業日(月曜)を活用した間借り営業という形で、煮干しラーメン専門店『月曜日は煮干rabo』をオープン。同店の店長を任され、采配を振るっているうちに、ラーメン作りの才能が更に開花。20年には、間借り営業形態であるにもかかわらず、『食べログ』の『ラーメンTOKYO百名店』に選出される快挙を成し遂げた逸材だ。
そんな宮澤店長が今般、1号店の「鰹」、2号店の「貝」に続く、「煮干し」を極めた3号店として、京王井の頭線西永福駅近くで立ち上げたのが、『西永福の煮干箱』。
「おかげさまで、『月曜日は煮干rabo』が徐々に軌道に乗り、『GRID』としても、そろそろ次の段階へと進みたいと考えていました。そんなタイミングで、以前から醸し出す雰囲気にほれこみ、この場所で店を開くことができれば良いなと考えていた物件が空いたので、思い切って、間借り営業だった『月曜日は煮干rabo』を、路面店として独立させることにしたのです」
ロケーションは、西永福駅から徒歩約2分。地元密着型のとんかつ人気店だった店の跡地に、その店を上手にカスタマイズし改装した店構えは、適度な落ち着きを醸し出し、周囲の街の雰囲気にもしっくりと溶け込んでいる。

券売機は、入り口からほど近い右手側に鎮座。提供する麺メニューは、「煮干らーめん」とそのバリエーションである「特製煮干らーめん」のみだ。
「醤油の銘柄は……秘密です」
「生き馬の目を抜く競争が繰り広げられているラーメン業界。そんな環境で自分ができるのは、『煮干らーめん』のスープのみに神経を集中させ、徹底的に突き詰めていくこと。また、それが自分らしさなのかなと思います」と語る宮澤氏。
このような言葉を紡ぐ実直な作り手がいることは、食べ手にとって純粋にうれしいもの。『月曜日は煮干rabo』の時代から、同氏に多くの常連が付いている理由の一端が垣間見えたような気がした。
店内は、6席のカウンター席と、2人掛けのテーブル席が1席。席と席との間にはアクリル板が設置され、新型コロナウイルス感染防止対策も万全だ。
訪問時、店内は満席だった。お客さんは皆、丼の世界にのめり込み、耳が捉えるのは、一心不乱に麺とスープをすする音だけ。厨房から漂う適度な緊張感が、心身をピリッと引き締める。ラーメン食べ歩きの経験を重ねた方であれば、入店した瞬間に「この店の味は期待できる」ときっと確信できるだろう。
注文から約3分で、「煮干らーめん」が登場。丼から放たれ宙へと舞い上がる煮干しの香りの麗しさに、鼻腔が歓喜に打ち震える。
ビジュアルも、ほれぼれするほど端正。トッピングとして採用された輪切りのレンコンが、ワンポイントとして見事に機能。豚チャーシューの「紅」、鶏チャーシューの「白」、刻み青ネギの「緑」、柚子皮の「黄」など、多種多様な色が用いられており、視覚的にも華やか。その美しさたるや、手を付けることさえ惜しまれるほどだ。
スープは、考え得る限りの技術の粋を凝らした手間ひまの結晶。出汁(だし)を採る素材は魚介のみで、6種類の魚介素材(2種類のカタクチイワシ・ウルメ・アジ・アゴ・伊吹イリコ)を、それぞれの持ち味が生きるよう絶妙なバランスでブレンドし、1つの寸胴でじっくりと火入れを施す。
「カタクチイワシは『味の土台』と『インパクト』、ウルメは『甘み』、アジは『上品さ』、アゴは『力強さ』、伊吹イリコは『まろやかさ』を表現するために使っています」。それぞれの素材の特長を正確に捉え、縦横無尽に使いこなす宮澤店長。その構成力は、特筆に値する。
出汁だけではない。カエシの醤油(しょうゆ)も、煮干しとの相性を最大限考慮し、様々な銘柄で試作を繰り返した結果、現在のものへとたどり着いたという。「うま味や香りが強い醤油を使うと、せっかくの煮干しの風味が醤油に相殺されてしまいます。そうならないよう、吟味に吟味を重ねました。使っている銘柄は……秘密です」と笑う。

スープをひとすすりすれば、にわかには動物系素材不使用とは信じ難いほど「骨太」なうま味が味蕾を通じ、快楽中枢を直撃。6種類の魚介のうま味と香りが幾重にも折り重なったうま味は、複層的かつ複雑玄妙。数年前に首都圏を中心に一世を風靡した、いわゆる濃厚一辺倒の「セメント系煮干しラーメン」とは一線を画し、奥行きとコク深さを兼ね備えた仕上がりになっている。
鶏ムネ肉と豚肩ロース 2種類のチャーシュー
スープに合わせる麺は、東京都内の名門製麺所『三河屋製麺』謹製の低加水中細ストレート。口の中でパツンとバネのように跳ねる生きの良さと、ザクッと硬質な歯触りが、食べ口に絶妙なメリハリを生む鉄板の逸品。
「この麺を用いた『和(あ)え玉』は、タレ、油に加えて、ラーメンのスープとは別に作ったビターな煮干しスープで味付けを施しています。お客様にはぜひ、『和え玉』も召し上がっていただき、煮干しラーメンの奥深さを味わい尽くしてもらいたいと思います」
肉汁をたっぷりと蓄えたジューシーな2種類のチャーシュー(鶏ムネ肉&豚肩ロース)と、歯ごたえ良好な輪切りレンコンを堪能しながら、麺とスープを交互にすすっていると、いつの間にか丼が空っぽに。
「長きにわたって地元の人たちに愛され、『今日、ハコ(煮干箱)行く?』といった会話が日常的に交わされる。そんな地元・永福のホーム的な存在になれればうれしいです」と、今後の抱負を語る店長。
魚介素材のみで紡ぎ出した新機軸の煮干しラーメン。これから、この1杯がどのような進化を遂げていくのか。ラーメンと向き合う宮澤氏の真摯な姿勢も相まって、少なくとも当分の間は、その動向から目が離せない。
(ラーメン官僚 田中一明)
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。
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