知られざる東欧ワイン 高品質なのに安価が魅力
エンジョイ・ワイン(50)

東ヨーロッパは日本においてワイン産地としてはほぼ無名だが、実は知られざるワインの宝庫だ。恵まれた気候や長いワイン造りの歴史に加え、近年の醸造技術の向上で品質が急速に向上している。物価の安さや知名度の低さも手伝って品質の割に安価なものが多いのも特徴。おすすめを紹介しよう。
5月上旬、東京・渋谷と横浜を結ぶ東急東横線の自由が丘駅から徒歩数分のにぎやかな通りに、モルドバワインの専門店「モルドバマーケット」がオープンした。オーナーはモルドバ人のグラデュン・アンジェラさん。15年ほど前に来日し、現在の場所の近くで店を開き、モルドバ産ワインやはちみつ、ジャムなどを売っていたが、手狭になったため引っ越したという。取り扱うワインは150種類以上で、新店舗になってからぐんと増やした。すべてモルドバ産だ。
モルドバでワイン造りが始まったのは紀元前3000年ごろとも言われている。モルドバが属していた旧ソ連は1980年代、世界屈指のワイン生産国だったが、それを担ったのが温暖な黒海の周辺に位置する現在のウクライナ、ジョージア、そしてモルドバだった。しかし、モルドバワインはつい最近まで、海外ではほとんど知られていなかった。大半をロシアに輸出していたためだ。

ところが2000年代、ロシアとの関係が悪化すると、ロシアはモルドバ産ワインを輸入禁止に。困ったモルドバは欧州連合(EU)や米国市場を開拓しようと、国を挙げて品質の向上に取り組んだ。その結果「もともと温暖で雨が少なく、ブドウ栽培に理想的な気候だったことが幸いし、味わいが急速に向上していった」(グラデュンさん)。
そんなモルドバワインの中からおすすめをグラデュンさんに尋ねると、土着品種のアルブ・デェ・オニツカニから造られる白ワイン「ノヴァク アルブ・デェ・オニツカニ2018」(小売価格3330円)を挙げた。試飲すると、熟した桃やマンゴーなど華やかなフルーツの香りにあふれ、クリーミーな酸味とのバランスが秀逸。ボディーも分厚く、コストパフォーマンスに優れたワインだ。
土着品種ララ・ニャグラを使った赤ワイン「ララ・ニャグラ・デェ・プルカリ 2016」(同3300円)もおすすめ。熟したブラックベリーやプラムの果実味と非常になめらかな口当たりが、フランスのボルドーワインをほうふつとさせる。
品薄だが7月以降、再び日本に入荷予定

ウクライナも注目のワイン産地の1つ。日本ソムリエ協会の田崎真也会長は「旧ソ連の時代は質より量を重視したワイン造りだったが、1991年の独立後は、欧州系の国際品種、特にドイツ系品種が盛んに植えられるようになり、量より質のワイン造りに転換した」と、協会員を対象に開いた先日のセミナーで解説した。同協会はウクライナを経済的に支援する目的で、ウクライナワインの試飲会を全国各地で継続的に開いている。
試飲した中で特に印象的だったのが、南部の港湾都市オデーサの郊外にあるワイナリー、シャボーがイタリア系の白ブドウ品種ピノ・グリージョから造った「シャボー ピノ・グリージョ 2018」(参考価格2750円)。レモンやライム、グレープフルーツなど爽やかなかんきつ系の香りが中心のフレッシュでフルーティーな辛口白ワインで、ほのかに感じる甘みやレモンの皮のような苦みが味わいに立体感と奥行きをもたらしている。これからの季節にはぴったりのワインだろう。
輸入業者によると、ウクライナワインは売れ行き増や現地の港湾の封鎖の影響で現在、極度の品薄状態だが、ポーランド経由で輸出した分が早ければ7月から順次、日本に入ってくる見通しという。

ヨーグルトで有名なブルガリアも東欧有数のワイン生産国のひとつだ。ブルガリアワインを輸入している酒類専門商社モトックスでブルガリアを担当するバイヤーの赤井美絵さんによると、ブルガリアは80年代には世界で5指に入る輸出量を誇ったが、共産圏だった当時は質より量を重視したため、品質がそれほど高くなかった。しかし、90年代に産業が民営化されて以降、ぐんぐん品質が上がっていった。
モトックスが輸入するワインの中で専門家からの評価が特に高いのが、2005年設立の新興ワイナリー、ボロヴィッツァが造る赤ワイン「コレクション カベルネ・ソーヴィニヨン2016」(参考小売価格2200円)。有機栽培ブドウを使い、ろ過は最小限、酸化防止剤無添加のいわゆるナチュラルワインだ。ナチュラルワインの特徴であるジューシーな味わいと、非常にやわらかな口当たりが心地よい。
シャープな酸味が持ち味の土着品種ガムザから造られた、同じボロヴィッツァのロゼワイン「リミテッド・シリーズ ガムザ ロゼ 2020」(同2640円)や赤ワイン「コレクション ガムザ 2017」(同2420円)もおすすめという。
辛口に力を入れるハンガリー

ハンガリーは、スロバキアとウクライナとの国境に近いトカイ地方の貴腐ブドウから造られる甘口ワインが昔から有名だ。しかし、甘口ワインの需要が世界的に減っているため、近年は辛口ワインの生産にも力を入れている。
おすすめは「カルピヌス トカイ ハールシュレヴェリュ ドライ 2018」(参考小売価格2178円)。ハールシュレヴェリュはトカイ地方の主要地場品種で、貴腐ワインの醸造にも使われている。グラスに顔を近づけると、モモや洋ナシ、リンゴ、グレープフルーツ、レモン、白い花、レモングラスなど様々な香りがギュッとつまったような華やかな香りが、グラスからあふれ出てくる。酸味も十分で、余韻も長い。

スロバキアも紀元前からのワイン造りの歴史を持ち、そのワインは中世ヨーロッパを支配したハプスブルク家にも献上されていたという。おすすめはムルヴァ&スタンコ・ワイナリーの赤ワイン「ムルヴァ&スタンコ フランコフカ・モドラ 2016」(参考小売価格3960円)。中東部ヨーロッパで幅広く栽培されている黒ブドウ品種のフランコフカ・モドラから造られたこのワインは、果実の凝縮感が印象的なフルボディーの赤ワインで、タンニンや酸味、樽(たる)由来のチョコレートのような甘い香りとのバランスも抜群だ。
※価格は税込み
(ライター 猪瀬聖)
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