掘りごたつ席の水炊き店を居抜き イタリア鍋店の挑戦

水炊き、ちゃんこ、モツ鍋に火鍋――。熱々の具をふーふー言いながら食べる鍋は、専門店も多く夏でも人気の料理ジャンルだ。キンキンに冷えたビール片手に、熱々のモツを一口なんて、想像するだけでたまらない。その鍋に、新しい専門店が現れた。日本最大級のターミナル・新宿駅に直結する新宿タカシマヤ タイムズスクエアに今年4月下旬にオープンした「YUKA伊(ユカイ)」。イタリア鍋、ボッリートの専門店である。
ボッリートとはイタリア語で「ゆでる」という意味で、肉鍋料理のこと。北イタリアで広く親しまれており、エミリア・ロマーニャ、ロンバルディア、ピエモンテの各州の伝統料理としてよく知られる。
「YUKA伊」はイタリア料理店なのに、テーブルの真ん中になんとビルドインのIHヒーターが据えられている。実は、以前は水炊きの店があった場所だといい、店内には居心地がよさそうな掘りごたつ席まである。
「百貨店の方から居抜きで入れますがどうでしょうというお話があったんです。先方はご存じなかったんですが、コロナ禍前からボッリートの店をやりたいと考えていて、試作もしていた。お店を見たらテーブルの真ん中にIHヒーターがあって、完璧だ! と。大ラッキーです」。こう明かすのは、北参道の人気イタリアン「CONVIVIO(コンヴィヴィオ)」のオーナーシェフ、辻大輔さん。そう、「YUKA伊」は創意工夫を凝らしたコース料理で客の舌を楽しませる人気レストランの、初の姉妹店なのだ。

型破りな店をオープンした辻さんがイタリア料理人となるまでの歩みも、また型破りだ。イタリアに興味を持ったのは高校3年生のとき。「進学校で大学へ行けとうるさかったのでお決まりの反発心で」進学はせず、1年間アルバイトをして資金をため、イタリアに飛んだ。
「テレビなどを見てきれいなところだな、と。それだけです(笑)。渡伊前にシエナの語学学校の校長先生に治安が悪くない、安全と聞いて、行き先をシエナに決めました」とくったくない。100万円を握りしめてイタリアに渡ったものの、「若かったので一瞬で貯金が底をついた」と辻さん。そこで、紹介してもらったアルバイト先がレストランだった。
創業130年、トスカーナの肉料理店でボッリート学ぶ

店では、皿洗いから始まり料理を学んだ。しかし、最初は生活をするための仕事。次のステップへと進む原動力は、イタリアで働く日本の料理人たちの集まりに顔を出したときに生まれたという。「日本の有名店で働いていた、ミシュランの三つ星レストランを回ってきたなど、すごい経歴の人たちがたくさんいたんです。話を聞きながら、自分も負けたくないと思いました」。さまざまな店で経験を積み、帰国するまでに5年の月日が経っていた。
そしてイタリアで勤めた店の一つ、130年の歴史を持つトスカーナの肉料理専門店で、印象に残った料理がボッリートだったのだ。
地域によってバリエーションがあるそうだが、「基本は、香味野菜と一緒に肉を水から煮込むだけ。野菜はタマネギ、ニンジン、セロリ。塩ゆでです」と辻さん。ゆでただけの肉がこんなに軟らかくなり、おいしいなんてと驚き、日本で伝えたいと思ったという。もちろん、「ゆでただけ」といっても、そこはさすがイタリア。使う肉は、サルシッチャ(イタリアの生ソーセージ)、牛タン、牛スネ肉、鶏モモ肉などとバラエティーに富む豪快な内容。「私がいた店では、鶏、牛、豚の3種類を合わせていました」と辻さん。「1つの皿で1度に味わいが違う肉を楽しめるのが最大の特徴なんです」
「YUKA伊」のボッリートにも、ぎゅうぎゅうに3種類の肉が入っている。鶏モモ肉、牛スネ肉にオリジナルレシピによる豚肩ロースのサルシッチャだ。「一番難しかったのが鶏肉の選定です。インパクトがあるモモ肉が欲しかったんですが、これと思った銘柄鶏のモモ肉が、みな大きすぎて鍋に収まらなかった。10数種類試して、ようやくたどり着いたのが、山陰地方のブランド鶏『大山(だいせん)どり』でした」(辻さん)

「ゆでるだけなら、うちでもできそう」なんて思われそうだが、実は、同店の鍋はシンプルな現地の調理法とは異なり3種の肉は鍋に入れる前に別々に火入れをしている。「シンプルに見えるのに、家庭ではできない。どう作るのだろう? という料理にしたかった」からだ。
鍋に用いる液体も水ではなく、大山どりの骨肉、香味野菜に加え、羅臼昆布、シイタケの軸、内臓の苦みのないニボシからだしをとったスープを用いる。このスープで、鶏モモ肉は真空調理(食材を真空パックして低温で加熱する調理法)。肉が最もおいしくなるよう何度も試作を繰り返し、ベストの時間を割り出したそうだ。一方、牛スネ肉は、水と赤ワインで約4時間煮込む。「水だけで煮込んでみたんですが、赤ワインを入れた方がしつこくなかったんです」と、丁寧においしさを追求する。
シンプルな味付けのイタリア肉鍋は、ソースで味変!

フォークでほろりとほぐれるジューシーな鶏モモ肉に、軟らかでうまみたっぷりの牛スネ肉、フェンネルシードなどが入り風味豊かなサルシッチャ――。どの肉もそれぞれの味わいが存分に引き出され、「こんなに食べきれるだろうか」と思ってもどんどん食べ進んでしまう。そして、その味わいにさらに変化を加えるのが、ボッリートに欠かせない調味料だ。味付けがシンプルなこの料理は、ソースと一緒に楽しむものなのである。
ボッリートに添えられる定番ソースは「サルサヴェルデ」という緑色のソースで、イタリアンパセリとアンチョビ、ケッパー、パン、オリーブオイルを合わせたもの。現地では、サルサヴェルデにゆで卵も入れるが、広い客層が訪れるデパート内の店である「YUKA伊」は、食物アレルギーに配慮し、卵を省いたソースにしている。
このほかには、やはりイタリアでポピュラーな「サルサトンナータ」というツナとケッパーのソースやピクルスに日本の伝統調味料、味噌や葉ワサビも添える。味噌は、200年以上の歴史を持つ老舗「大桂商店」、葉ワサビは「藤屋わさび農園」といずれも長野県産のこだわりの食材だ。

日本で鍋料理といえば、具材のうまみがたっぷり出たスープが、肉や野菜と同じぐらい重要なごちそうだが、イタリアではボッリートのスープは飲まないそう。そもそも、イタリアの店では鍋では出さず、皿盛りにして提供するのだ。なんともったいない! と思ったら、ゆで汁は別の料理に用いたりするらしい。
鍋スタイルで提供している「YUKA伊」では、スープも存分に味わえる(希望により、スープは別添えで現地スタイルの皿盛りにもしてもらえる)。シメにはスープを用いたパスタが出るのだが、日本人としては欲張りにも「ご飯もあるといいなあ」と思ってしまった。あのスープの雑炊は絶対おいしいに違いない。

同店では「CONVIVIO」の姉妹店ならではのカラーも加えたいと、ボッリートはコースやセットメニューの一品として提供(昼は1980~8250円、夜は3300~11000円。お手ごろなセットメニューでは、ボッリートのボリュームを落としたり、肉の種類を限定したりして提供)。真っ黒な竹炭のアランチーニ(ライスコロッケ)など、レストラン料理ならではの突き出しや前菜も、鍋と一緒に堪能できる。イタリア鍋はワインとの相性も抜群。鍋の楽しみが、ぐっと広がりそうだ。
(ライター メレンダ千春)
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