「パラパラ塩使い」で量・質とも最適化 料理はおいしく
魅惑のソルトワールド(60)

塩はおいしさの要である一方で、「健康の敵」のようにも扱われる。「減塩」が叫ばれるようになって久しく、厚生労働省の1日の塩分摂取量の目標は改訂される度に減少の一途をたどる。実際の摂取量も減っているが、高血圧性疾患の患者数は増加を続けている。そこで「適塩」という言葉が登場してきた。「適切な質の塩を適切な量だけ摂取する」という意味で、量だけでなく質にもこだわる必要があるという。そこで「適塩」に向けて家庭で実践できる「パラパラ塩使い」をご紹介しよう。健康面への配慮はもちろん、日々の料理のおいしさアップにもつながるはずだ。
ミシュラン星付きレストランのあるシェフによると、「料理の腕は塩を振った数で決まる」とか。味付けの基礎である塩は、料理のおいしさを決める重要なファクターだからにちがいない。
そもそも塩は、基礎調味料「さしすせそ(砂糖、塩、酢、しょうゆ、味噌)」の中でも特異な存在といえる。砂糖の甘みや酢の酸味は、果糖や果汁などで代用できるが、塩の塩味は自然界で代用品がない。しょうゆや味噌も塩がないと作れない。ミネラルの塊である塩は生命維持の観点からも、日々摂取が必要で、その点でも他の基礎調味料と異なる。
体内に足りないものを、人は本能的に「おいしい」と感じるものらしい。スポーツドリンクを思い浮かべてみるとわかりやすい。汗をかき、身体が水分とミネラルを欲している時、スポーツドリンクはさらっとした飲み口でおいしく、ガブガブ飲める。だが、汗をかいていない時はどうか。べたっとした甘みとしょっぱさを感じ、飲み進めるのが難しい。つまり、必要なものはおいしく、必要でないものはおいしさを感じにくいというわけだ。
人はそれぞれ身長・体重や体質も違えば、生活スタイルだって異なる。最適な「塩加減」も1人1人違うからこそ、全員に共通した最適な塩加減の実現など至難のワザということになる。誰かに合わせた塩加減にしても、他の人からは「濃すぎる」「薄すぎる」と文句がでることはしばしば。一生懸命作った側としては、たまったものではない。
「適塩」を家庭で実践する際のおすすめが、調理上必要最低限の塩で料理を仕上げ、食べる時に各自お好みで塩をかけて味を最終調整する方法だ。これを私は、上から塩を振る姿から「パラパラ塩使い」と呼んでいる。こうすれば、ミネラルの喪失が少なかった人は薄味のままでおいしく、ミネラルの喪失が多く、塩分を必要としている人は、適切な塩分量が補え、食事もおいしく楽しめる。料理を作り分ける必要もないため、作り手側の負担も増えない。

塩は生産者や産地・製法によっても、味わいに変化が生まれるので、異なる塩を用いれば、料理の味も幾重にも変わる。いわゆる「味変」が楽しめるというわけだ。塩で食べると素材本来の味わいも鋭敏に感じ取ることができる。食育にもなり、うってつけだ。
パラパラすれば食卓の会話も弾む
我が家の食卓は、いつもこの「パラパラ塩使い」で成り立っている。食卓にその日の料理に合いそうな塩をいくつか用意しておく。オイルや香辛料なども一緒に出しておけば、楽しみの幅が広がる。料理はすべて薄味で仕上げ、あとは食卓で塩加減を自分で調整しながら食べる。複数の種類の塩を用いて味を調整するのもおもしろい。「この塩で食べるとおいしいよ」などと食卓の会話も自然と弾む。
病気や疾患などで塩分量をコントロールしたい人にも、「パラパラ塩使い」はおすすめだ。ドレッシングやソースなどの複合調味料を料理にかけて使う際、自分が摂取した塩分や糖分、油分の把握が難しい。その点、塩をあとからかける方法なら量を可視化できる。調理の時に塩を入れると、溶けて塩角が弱くなるため、比較的量が必要になるが、料理に塩をかければ、塩が直接舌に当たるため、塩味を感じやすくなる。だから少量でも十分に満足感が得られる。塩分コントロールをしたい人は、塩で食べることを心がけるといいだろう。
寒い地方では塩を多く使った郷土料理が多い。北海道では塩ザケやぬかニシンと人参や大根などを一緒に煮込んだ「三平汁」が有名だし、青森県では山菜類を塩漬けにして保存し、長野県では「野沢菜漬け」がよく知られている。地域別の塩分摂取量を見ると、寒さの厳しい地域は摂取量が多い。北陸は10.7g/日、東北は10.6g/日(厚労省「国民健康・栄養調査報告」2019年)と全国平均10.1g/日を上回る。寒さが厳しい地域で塩が多く摂取されるのには、いくつかワケがある。

塩には使うワケがある
塩には体温を維持する働きがあるのが1つ。東洋医学では、食べ物を陽性と陰性に分類する。陽性は身体を温めてくれるもので、陰性は逆に冷やすものを指す。塩を使った塩蔵食品は、陽性に分類されている。体温が1度下がると免疫力は約30%低下するとされ、適切な体温を保つ上でも陽性の食べ物が必要になってくる。低体温で冬の朝が寒すぎるという方は、コップ一杯の白湯に塩を溶かしたもの(塩分濃度0.5~0.9%程度)を飲んでみたらどうだろう。体温が上がり、身体がぽかぽかしてくるので一度、試してみてほしい。
2つめは、寒さの厳しい地域は冬場、積雪で食糧の確保が難しくなるので、塩蔵食品を活用してきたことがある。今では冬場でも新鮮な食材を入手できるようにはなったが、「食は三代」と言われるように、培われてきた味覚が変わるまでには長い時間を要する。そのため、今なお塩分濃度が高いものが食卓に上がるのだろう。もちろん、塩蔵したものをそのまま使っているわけではない。塩ザケや塩ダラなどそれ自体、塩分濃度が高いものはまず塩抜きをして、塩分濃度を下げてから料理に使われている。
最後に、家庭で簡単にできる塩蔵食品を1つ、ご紹介しておこう。
<塩豚>
①豚バラブロック500グラムに塩15グラムをすり込んで、ラップでぴっちりとくるんで冷蔵庫で1週間寝かせる
②沸かしたたっぷりの湯を、沸騰しない程度に調整し、ラップを外した①を入れ、約1時間ゆでたらできあがり
※ゆでた汁をそのまま冷やすとラードが採れるので炒め物に。スープはおいしいダシが出ているので、濃度を調整してスープ作りなどに活用できる
たかが塩だが、されど塩だ。健康の要でもあり、調味の基本でもある塩に、ぜひこだわってみてほしい。塩使いの変化が日々の食事をよりおいしく、健康的なものにしてくれることだろう。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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