「缶つま」と「いなばタイカレー」爆売れしたワケ
黒川博士の百聞は一缶にしかず(13)

今でこそ缶詰は日常食になったが、かつてはそうじゃない時期があった。他に食べる物がないから「缶詰でも食べるか」という、消極的な動機で選ばれることが多かったのだ。しかし「缶つま」と「タイカレー」が登場したことで状況が一変したのであります。
国分グループ本社(東京・日本橋)が販売する「缶つま」シリーズと、いなば食品(静岡市)が販売する「タイカレー」シリーズには、いくつか共通点がある。まず、どちらも開発コンセプトが独創的だったこと。次にSNS等で話題になるにつれ、売り上げを爆発的に伸ばしたこと。そして登場から10年以上を経た今でも、定番商品としてコンビニやスーパーに並んでいることである。
2015年ごろに起きたグルメ缶詰ブームも、18年に起きたサバ缶ブームも、缶つまとタイカレーのヒットの延長線上にある。まさに業界を変えた画期的商品だったわけだが、実は"ある危機感"から開発されたのをご存じだろうか。

国分が缶つまを発売したのは10年のこと。カキや牛肉などを使って14種類を展開し、平均価格は500円ほどに設定。高額なものでは1000円近いものもあり、最初から高級路線でスタートして話題を呼んだ。
しかし、当時の缶詰市場は安売りが常態化していて、売れ筋は100円台が基本だった。300円を超える缶詰は、なかなか売れないと言われいてた時代だったのだ。
そんな状況下でも国分が発売に踏み切ったのは、そのまま安売り競争を続けていたら「缶詰に未来がなくなる」という危機感があったから。高付加価値の商品で缶詰の価値を底上げしようという開発陣の並々ならぬ熱意があったのであります。

メーカーの誇りを取り戻せた
缶つまがユニークなのは、すべての商品を酒のつまみとして開発した点だ。酒飲みにはグルメが多く、おいしいものには金を惜しまない傾向がある。比較的高価でも需要はある、と見込んだワケだ。
販売手法も革新的で、従来の缶詰売り場だけではなく、酒売り場に並べてもらうよう小売店に提案した。今でこそワイン等の隣に缶詰が並んでいることは珍しくないが、その販売手法の先駆けは何を隠そう缶つまだったのである。
他にもイベントなど認知度を上げる活動を積極的に行い、毎年春秋には新商品を投入。その結果、売上額は発売初年で1億8000万円を達成し、翌年はほぼ倍増。14年には20億円まで達した(いずれも出荷ベース)。発売から4年で、実に10倍近く売り上げを伸ばしたことになる。
この大ヒット商品は、製造現場の意識まで変えてしまった。それまで原価をいかに下げるかということに、頭を悩ませていたが、一転して高品質な原料を調達し(ブランド魚介類など)、飲食店レベルのおいしさを追求することになったのだ。当時、缶つまを製造している某工場の人に聞いたセリフが今も忘れられない。
「缶つまを造ることになって、缶詰メーカーの誇りを取り戻せた気がします」

家に常備しているという人も多いのが、いなば食品のタイカレー缶だ。11年に初登場した「ツナとタイカレー」は、その本格的な味がSNSで拡散され、じわじわと販売数を伸ばしていった。グルメ漫画「めしばな刑事タチバナ」で紹介されたこともあり、大ヒット商品になった。生産が追いつかず、スーパーの棚から姿を消すこともたびたびで、いなば食品は当時「鋭意、製造中です」といった新聞広告を出したほど。
その後、ツナの他にチキンが具に加わり、インドカレーやスパイスカレーなどカレーの種類も多彩になった。しかし、発売当初の具がツナだったのが、この缶詰の缶所(勘所)。実はタイカレーは、ツナ缶のバリエーションとして開発されたのであります。

ブランド価値を上げるための一手
ツナ缶は、他社製品との差別化が難しいため価格競争に陥りやすい。実際、ブランドは意識せず、特売になっているツナ缶を買う人がほとんどだと思う。
ツナ缶メーカーは、原価を低く抑えようと原料から製造方法、パッケージなどあらゆる点で企業努力を続けている。今では製造コストが比較的安いタイから輸入販売する手法も一般的になった。
いなば食品もそんなメーカーの1社だったが、果てしない安売り競争に危機感を抱いていた。得意のツナ缶で、他社製品にはないオリジナリティーを打ち出しブランド価値を上げるにはどうすべきか――。何かヒントはないかと、タイの協力工場に「普段ツナ缶をどうやって食べるか」聞いたところ、「カレーの具にすることが多い」という回答を得た。
タイでカレーといえば、コブミカンやレモングラスなど、エキゾチックなハーブやスパイス類を使うことで知られている。折しも当時はタイ飯ブームが一巡し、タイカレーが受け入れられやすい地合いもあった。「ツナ缶のバリエーションとしてカレー缶を造ろう」。ツナとタイカレーが誕生した瞬間だった。

ツナとタイカレーは、タイの協力工場で造られることになった。使われるハーブやスパイス類は、農薬の使用などを厳しく制限した契約農家から仕入れ、ていねいな手作業で仕込まれている。例えばコブミカンは、枝ごと工場に持ち込まれ、葉を1枚ずつ摘んで缶に入れている。赤唐辛子も包丁で刻んで使う。そんなこだわり製法で造られた本格的なタイカレーなのに、価格は小容量タイプが100円台、120グラム入りのレギュラータイプでも200円台と安価なこともあり、大ヒット商品へと発展した。
現在は具がチキンに変更されているが、タイの協力工場で造られていることには変わりない。根強いファンがいるロングセラー缶詰になっている。
缶つまとタイカレーがヒットしたことで、他社も類似の商品を続々と発売した。その結果、「おつまみ缶詰市場」「グルメ缶詰市場」「タイカレー市場」という新しいマーケットが創出され、缶詰業界が活性化。結果として、消費者の目が缶詰に向くようになり、メーカーは既存商品もブラッシュアップし、味に磨きを掛けた。18年のサバ缶ブームの背景には、実はこうした経緯があったのであります。
(缶詰博士 黒川勇人)
1966年福島市生まれ。東洋大学文学部卒。卒業後は証券会社、出版社などを経験。2004年、幼い頃から好きだった缶詰の魅力を〈缶詰ブログ〉で発信開始。以来、缶詰界の第一人者として日本はもちろん世界50カ国の缶詰もリサーチ。公益社団法人・日本缶詰びん詰レトルト食品協会公認。
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