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ミンツバーグ教授が語る 民主主義の復権と母国カナダ

NIKKEI STYLE

世界的な経営学者、カナダ・マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授は近年、民主主義の再構築を訴えている。気候変動や経済格差、ポピュリズムの台頭など世界的な課題を解決するには社会がバランスを取り戻す必要があると考えるからだ。そのうえで、相対的にバランスの取れている国として、北欧諸国や日本のほか母国カナダを挙げる。経営学の権威であると同時に、カナダの自然を愛するアウトドア愛好家としても知られるミンツバーグ教授に民主主義の行方とカナダの生活について聞いた。

――著書『私たちはどこまで資本主義に従うのか』などを通じ、社会がバランスを取り戻すことが重要だと訴えています。

それは民主主義の復権と呼ぶこともできます。それぞれが自分の利益だけを追求するようなリベラルな民主主義ではなく、バランスのとれた民主主義の復権が必要と考えています。なぜなら、リベラルに偏った民主主義は人々の生活より、企業の自由を優先するからです。炭素エネルギーの膨大な消費による気候変動や所得格差など私たちが直面している問題を考えてみてください。これらすべての問題は世界が、資本主義に偏っていたり、ポピュリズムに偏っていたりして、バランスを失ったことが原因で起きています。気候変動の問題も所得格差も社会のバランスを是正しない限り解決しません。社会のバランスは私たちが直面する問題を解決するための前提条件なのです。

政府、民間、多元の3セクターが支える社会を

――バランスのとれた民主主義のためには何が必要でしょうか。

バランスがとれた民主主義とは、国民に尊敬される政府による政府セクター、責任ある企業からなる民間セクター、NGOのようなコミュニティーである多元セクターの3つのセクターに支えられます。カギを握るのが多元セクターです。草の根レベルから始まったコミュニティーシップを通じて、政府にやるべきことをさせて、企業に責任ある行動を促し、社会の変革につなげます。

――バランスの取れた国として北欧諸国や日本のほか、母国のカナダを挙げています。

カナダはいつも米国の対極に位置していました。これまで米国に不満を持つ多くの人が移り住んできました。ベトナム戦争中にも「戦いたくない」とした米国人を受け入れてきました。カナダはそうした人々にとても寛容な国であるといえます。

2004年にテレビ局のカナダ放送協会が実施した「最も偉大なカナダ人」の調査で1位に選ばれたのはトミー・ダグラスというサスカチワン州の州知事でした。彼は国民皆保険制度の礎を築き「カナダの医療の父」と呼ばれている人です。ホッケー選手でもなければ、首相でもない人物が選ばれたことはカナダ人の特性をよく表していると思います。

アウトドア活動通じ自然のバランス保つ重要性を実感

――カナダには自然が多くあります。このこともバランスや寛容さに関係していますか。

バランスを保ち、寛容さを備えている国は北半球に多いですね。寒い気候だと忍耐や寛容が身に着くのかもしれません。自然に対する敬意のようなものが、バランスを考えるうえの基礎になっているのでしょう。カナダには昔から多くの先住民の方が住んでいます。彼らは常に自然の均衡を保つことに気を配ってきました。食料のために狩猟をするうえでも、必要な分しか狩猟しないなど、将来にわたって自然環境を維持しようとしてきました。カナダにはこうした考え方が根付いています。

――カナダは移民大国でもあります。

カナダはとても興味深い国です。移民大国ですが、支配的な文化グループはありません。私が住むケベック州はフランス語圏ですが、カナダの他の地域は英語圏です。東部にあるカナダ第2の都市であるトロントでは、母国語が英語でもフランス語でもない人が増えています。テレビ番組のキャスターにはヒジャブを被ったイスラム教徒の女性や中国系の女性もいます。米国の移民は世代を経るにつれ米国の社会や文化に融合していくようにもみえますが、カナダの場合はそれぞれの文化を大事にし、文化を継承して生きています。

カナダではいろいろな文化的背景を持った人が互いに尊重し合い、働き、暮らしています。移民をただ受け入れるだけでなく、彼らが快適に暮らせるようにしていることが寛容性を育んでいるといえます。

――日々の生活のなかで、どのようなアウトドア活動を楽しんでいますか。

私は今、モントリオールの北の湖のそばに住んでいます。周囲に家は15軒ほどしかない自然にかこまれた地域でカヌーや冬には凍った湖でスケートを楽しんでいます。自然のなかで暮らしていると、空気や食べ物もすべて自然の一部と感じられます。生きていくうえで、自然のバランスを保つことが重要だと実感します。

ヘンリー・ミンツバーグ氏 カナダ・マギル大学教授
1939年生まれ。61年マギル大卒、68年米マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で博士号取得。現場と実践への応用を重視した経営戦略で知られ、日本のビジネスパーソンにもファンが多い。主な著書に『マネジャーの実像』『戦略サファリ』『私たちはどこまで資本主義に従うのか』など。

(聞き手は町田猛)

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