カリブ海に浮かぶ 大自然と歴史のワンダーランド

カリブ海に、シント・ユースタティウス島というオランダ領の島がある。島民は約3500人。彼らは親しみを込めて「ステイシャ島」と呼ぶ。あまり知られていない島だが、近年、その歴史が明らかになりつつある。
島を取り巻く海域は海洋公園に指定されていて、この地域では1、2を争う人気のダイビングスポットだ。英連邦の一員である島国、セントクリストファー・ネビスから8キロメートルほど北西に位置している。島と周りの海には保護された史跡が数多くあり、その1平方マイル(約2.6平方キロメートル)あたりの数は、カリブ海地域で最も多い。
シント・ユースタティウス島は自然豊かな火山島で、絶滅の危機が迫るウミガメの貴重な産卵地にもなっている。島の南部にあるクイール/ボーベン国立公園には、アカハシネッタイチョウなどの珍しい鳥が生息し、また17種類のランも生育している。島にそびえるのは休火山のクイール山だ。
これまで、しばしば見過ごされてきたシント・ユースタティウス島。大自然と歴史のワンダーランドともいえるこの島を紹介しよう。

シント・ユースタティウス島の歴史
18世紀、シント・ユースタティウス島は、大西洋奴隷貿易の中心地のひとつだった(島は17世紀初頭にオランダによって植民地化されていた)。最盛期には、年間3000隻を超える船が入港している。経済的に成功したシント・ユースタティウス島は、米国独立戦争の際、英植民地の独立派に弾薬を供給した。この友好関係は1776年11月に米国の帆船「アンドリュー・ドリア」がシント・ユースタティウス島に到着したことで明らかになった。
この時、独立宣言を携えていたアンドリュー・ドリアを、シント・ユースタティウス島が礼砲を放って迎えたことにより、オランダは米国の独立を承認する最初の国となった。これを機にオランダと英国の長年にわたる緊張関係は頂点に達し、第4次英蘭戦争へとつながっていく。シント・ユースタティウス島では今でもアンドリュー・ドリアを迎えた11月6日を「ステイシャの日」として祝っている。この日は「最初の礼砲」の再現劇も催され、カーニバル(謝肉祭)に次ぐ祭日だ。
シント・ユースタティウス国立海洋公園には36カ所ものダイビングスポットがあり、まさに史跡の宝庫だ。目玉のひとつは島の南西沖にある「アンカーポイント」。サンゴに覆われた1750年ごろのフランス製の錨(いかり)が、ロブスターや魚が群れるサンゴ礁の陰に横たわっている。その近くでは、1954年に製造されたケーブル敷設船「チャールズ・L・ブラウン」が永遠の眠りについている。カリブ海でも最大級の水中遺跡だ。

「古い新聞記事や政府が出した書簡などの史料から、植民地時代に、島の周辺で多くの船が難破したことがわかっています」と、考古学者のルード・ステルテン氏は言う。同氏はシント・ユースタティウス島の海事史を研究するため、沈没船を記録し保護することを目的とした水中考古学の研修機関、「シップレック・サーベイ(難破船調査)」も運営している。「発見したのはまだ数隻ですがね」
過去からの贈り物
ダイバーが発見物を持ち帰ることは法律で禁止されている。しかしコバルト色のガラス玉、「ブルービーズ」は別だ。海洋国立公園と島の至る所で見つかるが、特に多いのは「ブルービードホール」と呼ばれる人気のダイビングスポットだ。研究者によるとブルービーズはオランダで作られ、シント・ユースタティウス島や周辺の島々に運ばれた。貨幣として使われたり、奴隷の階級を示すのに使われたりしたという。

島の言い伝えによると、1863年に奴隷制が廃止された時、自由を獲得したことを祝い、奴隷たちがブルービーズを海に投げ込んだという。また、ブルービーズを積んだ船が島の近くで沈んだために、1カ所で集中的にビーズが見つかっているという研究報告もある。いずれにせよ、ブルービーズは今も大切に語り継がれる文化だ。「ブルービーズが大好きです。これを身に着けると祖先とのつながりが感じられ、誇らしい気持ちになります」と語るのはシント・ユースタティウス島の歴史博物館でガイドをするミーシャ・スパナ氏だ。「ブルービーズを見つけると、島の人はラッキーだと思うんですよ」
島の奴隷制度に関連する遺跡の発掘は地上でも進められている。2018年にはリゾートホテルの敷地内で、18世紀の墓地とインディゴ染料が入った桶(おけ)が見つかった。この場所にはかつてプランテーションがあり、桶は当時貴重だった藍色の染料を作るために、奴隷たちが使ったと考えられている。

こうした発見は、「地元の人々を巻き込んで島の奴隷の歴史を学ぶ包括的なアプローチにつながっている」と指摘するのは、シント・ユースタティウス島の考古学研究センターを率いるゲイ・ソエテクー氏だ。同氏は、包括的なアプローチによって、記録に残されてこなかった人々の歴史に光が当たることを願っている。
保護活動の未来
島の自然を守ることも最重要課題だ。シント・ユースタティウス国立公園は、旅行者に島の動植物について学んでほしいと考え、ガイド付きのハイキングや、海洋保護区、クイール/ボーベン国立公園、ミリアム・C・シュミット植物園などでの科学プロジェクトに参加することを勧めている。
プロジェクトの中には、地域住民とともにウミガメの産卵地を監視したり、クジラやイルカの移動ルートを調査したり、マンタを識別したりするものがある。「島の自然が今も残っていることは幸運です」とハイキングのガイドをするセルフォード・ギブス氏は言う。「他の島にはホテルやカジノが建ち、観光地としてにぎわっています。開発という意味では私たちは後れを取っていますが、同時に、他人の失敗から学べるということでもあります」
ギブス氏は、観光は地域社会と生態系にプラスになるべきだという意識が高まっていると語る。それはつまり島の自然はもちろんのこと、その文化遺産も守るということだ。
ガイドとしてハイキングをする際、ギブス氏はハーブティーにするビタールートを集めたり、歯の健康を守ってくれるゴムノキの葉の効能について説明したりする。こうした知識はすべて先祖から受け継いだものだ。3人しかいない地元ガイドの1人として、世代から世代へと受け継がれてきた知識を若者や旅行者と共有することは、島の未来にとって非常に重要だとギブス氏は言う。「自然の中で過ごすことの喜びを知った人は、もっとそれを味わいたくなり、必ず戻ってきます」
(文 Julia Eskins、訳 三好由美子、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年9月8日付]
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