プロお薦め配信動画 映画&ドキュメンタリー名作続々
映画監督・佐々木誠氏が薦める動画配信作品(後編)
日本でも存在感を増している定額動画配信サービス。ただ数が多すぎて何を見ればいいのか分からないという人も多いのでは。そこで、手掛けたドキュメンタリー映画『愛について語るときにイケダの語ること』が話題で、映画誌「キネマ旬報」などで映画評を執筆もしている映画監督&映像ディレクターの佐々木誠さんに、2021年に見て面白かった作品を教えてもらった。前編「これだけは見逃すな!映画監督おすすめ傑作配信ドラマ」に続く後編では、プロならではの目線で選んだ名作を紹介していく。
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日曜洋画劇場で見たような"映画『ベケット』
まずは配信で見て面白かった映画から。
最初に佐々木さんが挙げたのが、『ファーザー』(Netflix、Amazon Prime Video、U-NEXTなどで配信中)と『サマー・オブ・ソウル(あるいは革命が、テレビ放映されなかった時)』(ディズニープラス)。『ファーザー』はアンソニー・ホプキンスが認知症の父親を演じた人間ドラマで、アカデミー賞主演男優賞を受賞している。『サマー・オブ・ソウル(あるいは革命が、テレビ放映されなかった時)』は、1969年、ニューヨークのハーレムで開催された伝説的な音楽フェスティバルを収めた音楽ドキュメンタリーだ。
「映画、特に音楽映画は基本、劇場で見たほうがいいと思うのですが、配信の場合はヘッドホンをして部屋を暗くして見ることをオススメします。ディズニープラスで配信されている『ザ・ビートルズ:Get Back』もこの見方で鑑賞しましたが、ほんと最高でした」

そして「意外な拾い物でした」というのが『ベケット』(Netflix)。
「映画『テネット』のジョン・デビッド・ワシントンが主演です。派手さがない、70年代から80年代のスリラーをほうふつさせる映画。"日曜洋画劇場でよく放送されていたような作品というイメージ"というとわかりますかね。現代の話なんですけど、撮り方やフィルムの質感が70年代の映画なのかと錯覚させる。ヒッチコックやブライアン・デ・パルマお得意の巻き込まれ型スリラーです。このあたりの大人のサスペンスがお好きな方には響くと思います。若い人が見たら、最初は『この展開、だるい』と思うかもですけど、徐々に怖くなっていく静かなグルーヴ感がたまらないので、ぜひ見てほしいですね。これ、おススメです」

一方、ドラマで挙がったのが、『地下鉄道~自由への旅路~』(Amazon Prime)と『インベスティゲーション』(Amazon Prime「スターチャンネルEX DRAMA & CLASSICS 」)。『地下鉄道~自由への旅路~』は『ムーンライト』でアカデミー賞を受賞したバリー・ジェンキンス監督が、ピューリッツァー賞受賞のコルソン・ホワイトヘッドの小説を全10話でドラマ化したもの。『インベスティゲーション』はデンマークで実際に起きた"潜水艦殺人事件"をドラマ化したものだ。

そして、ドキュメンタリーでは、『レインコートキラー:ソウル20人連続殺人事件』と、『ナイト・ストーカー:シリアルキラー捜査録』(ともにNetflix)を挙げた。
「僕はシリアルキラーものが好きなんです。『レインコート~』のほうは、韓国映画『チェイサー』(08年)の題材にもなった事件で、『ナイト~』は、80年代のシリアルキラー、リチャード・ラミレスについて刑事の目線で描いているところが面白い」

ドキュメンタリーでは、ナイジェリアの性的マイノリティーについて描いた『性と差別と自由の狭間で』、米大統領選でも話題になった陰謀論を信奉するQアノンを取り上げた『Qアノンの正体/Q:INTO THE STORM』(共にU-NEXT)も挙がった。

マニアが楽しめる映画も見られるように
定額動画配信サービスというと、かつての大ヒット映画など、多くの人が見たがる映画が多い印象があったが、「近ごろ、シネフィル(映画通)が喜ぶ作品が続々と配信されている」と佐々木さんは話す。マニアと呼ばれる人たちが楽しむような作品が配信で見つかるようになったというのだ。
「僕はアラン・ロブ=グリエという監督が好きなんです。この人は、ヌーヴォー・ロマンの代表的作家であり、アラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』のシナリオを執筆し、自らも映画も監督しているんです。でも、なかなか日本では公開されないし、DVDも長い間出なかった。その『不滅の女』ほか、作品がAmazon Primeでほとんど見られるようになったんです。またU-NEXTでは、イタリアホラー映画の元祖、マリオ・バーバの『知りすぎた少女』などかなりの作品が見られます」

海外の映画監督だけではない。
「Netflixでは成瀬巳喜男や今村昌平の作品も見られますよ。動画配信サービスは、そういう映画好きにもうれしいラインアップになってきています」
映画館で見るということはどういうことだろう
動画配信サービスを楽しむためにいいソファを購入したという佐々木さん(前編「見逃したくない動画配信作品 作り手が薦めるのは?」参照)。とはいえ、「今でもあの映画が面白いと聞けば、映画館に行って見ます」という。そこで最後に、21年に映画館で見た作品の中で一番のお気に入りを聞いてみた。
「原一男監督の『水俣曼荼羅(まんだら)』ですね。ジョニー・デップの『MINAMATA』もあって、水俣が大きく注目されていますが、原監督のこの作品はすごかった。内容はもちろん、劇場で6時間12分という無駄のない超長尺をじっくり体感できたことも素晴らしい経験でした。配信の映画がどんどん増えることで、逆に6時間もの作品を映画館で見ようというイベント的なものも増えて来るんじゃないかと思います」
実際、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』が164分、『DUNE/デューン 砂の惑星』が155分など、ハリウッド映画の大作は2時間超えが当たり前、2時間半超も特別ではなくなってきている。
「この1年は、本当に映画館で映画を見るということはどういうことだろうと考え続けた」という佐々木さんだが、「『愛について語るときにイケダの語ること』というある種マニアックな映画を作ったのですが、それが全国の映画館で公開して、予想を超えるロングランとなり、各地でお客さんと意見交換する中で、非常にアツいものを感じました」と語る。
一方で、自身の作品を配信することで考えたこともあるという。
「僕の作品で『ナイトクルージング』という映画があります。これは全盲の人が映画を制作する過程を追ったドキュメンタリーなのですが、冒頭12分は映像が真っ暗なんです。映画館でこの作品を見たとき、館内が真っ暗になって、視覚障害を持っている人の感覚を疑似体験することになる。スマホだとその体験は難しいので、人によっては面白さが半減するかもしれない。ただ、小さな作品を全国で上映するには限界があるから、配信に踏み切ったんです。その判断がよかったのかどうかにはいろいろ考えがあります。多くの人に見てもらうために配信はいい。手軽で、それこそ世界中の人に見てもらえる。でも、その逆のデメリットもいろいろある。これからはさらに劇場で見てもらう映画を作ることの有用性を考えなくてはいけないなと思います」


(ライター 前田かおり)
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