『ガイズ&ドールズ』 新演出での気づき(井上芳雄)
第117回
井上芳雄です。6月4日に佐藤隆紀(LE VELVETS)くん、木下晴香さんと一緒に「日比谷ブロードウェイ」として「日比谷音楽祭2022」に出演。日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でミッキー吉野さんやMIYAVIさんらとコラボしたり、ミュージカルの曲を歌ったりしました。昨年は無観客のオンライン開催でしたが、今年はお客さまがびっしり入られて、客席の盛り上がりが伝わってきて、とても楽しい一夜でした。6月9日からは帝国劇場でミュージカル『ガイズ&ドールズ』が開幕。ブロードウェイの演出家マイケル・アーデンが日本で初めて手がける演出作です。稽古中の緻密な指摘にいろんな気づきがありました。

日比谷音楽祭は、日本の野外コンサートの歴史をつくってきた音楽の聖地「野音」を擁する日比谷公園で、いろんなジャンルの音楽を無料で体験できる音楽イベントです。無料での開催は、クラウドファンディングや企業の協賛、助成金によって実現しています。音楽プロデューサーの亀田誠治さんが開催を呼びかけて実行委員長となり、2019年に始まりました。今年は6月3~5日に開催されました。
僕たち日比谷ブロードウェイが出演したのは6月4日、19時から催された「Hibiya Dream Session 2」のステージ。亀田さんを中心に日比谷音楽祭のために結成されたスペシャルバンド「The Music Park Orchestra」が石川さゆりさん、EXILE SHOKICHIさん、KREVAさん、SKY-HIさん、日比谷ブロードウェイ、ミッキー吉野さん、MIYAVIさん、やのとあがつまさん(50音順)を迎えてのスペシャルセッションでした。
日比谷ブロードウェイは、音楽祭に来られた方にミュージカルの魅力を知ってもらおうと、僕がリーダーのような形でミュージカル俳優が集ったユニットです。メンバーは毎年違いますが、最初の年から続けて参加させてもらっています。
今年歌ったのは、まず『銀河鉄道999』。ゴダイゴのリーダーでこの曲の編曲をされたミッキー吉野さん、ギタリストのMIYAVIさんとのコラボでした。僕は初めて歌ったのでリハーサルから緊張しましたが、曲がすごくよくて洗練された乗りがあって、MIYAVIさんのギターもかっこいいし、本番では存分に楽しめました。この音楽祭の醍醐味の一つは、普段は出会わないジャンルのミュージシャンと同じステージに立てること。それを初めて体験した佐藤くんや晴香さんが「楽しいですね」と言いながら、ライブならではの乗りに盛り上がっていたのがうれしかったし、1人でも多くのミュージカル俳優にこの経験をさせてあげたいという気持ちにもなりました。同じ音楽といっても、いろんなジャンルがあって、そのどれもが素晴らしいことを体感できる貴重な機会ですから。
もう1曲はミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』から『トゥナイト』を歌いました。今年新しいバージョンの映画が公開されて話題になったし、男女3人でも歌えるデュエット曲で、亀田さんも「すごく好き」とおっしゃっていたので選びました。夜になった日比谷公園の野外ステージで歌うのは、とても気持ちよかったです。
そして「Hibiya Dream Session 2」のアンコールでは、劇団四季の岡本瑞恵さんが登場してミュージカル『アナと雪の女王』から『レット・イット・ゴー~ありのままで~』をソロで歌ってくれました。劇団四季の俳優さんが、いろんなジャンルのミュージシャンが出る音楽祭に出演されるのはあまりなかったことなので、画期的な出来事ではあります。亀田さんやスタッフの方と話し合ったときに、「世代やジャンルや好みを超えて様々な音楽に出会える開かれた音楽祭だから、同じミュージカル界といっても、普段なかなかご一緒できない人に出てもらえたらいいですね」と言っていたことの第一歩が実現しました。亀田さんと一緒に曲の前ふりをやらせてもらったり、岡本さんともいろいろお話できて、うれしかったです。音楽祭にはいつもと違う環境で歌うことの素晴らしさもあるし、その場だからこそ出会える人たちがいるのも大事なこと。また来年以降も参加できれば、第二歩、第三歩とできることや出会える人が増えていくのが楽しみです。
当日はすごく天気がよくて、気持ちのいい夜でした。お客さまも、もちろんまだマスクをしたり、歓声を上げられなかったりではありますが、びっしり満員で入っていて、すごく盛り上がってくれました。日比谷公園にもたくさんの人がいました。3年前の第1回はそういう感じだったと思い出して、コロナ禍もだんだん落ち着いてきて、少しずつ元に戻ってきたなと思いつつ、音楽祭ならではの雰囲気に浸っていました。

本物のブロードウェイの舞台を見るような光景

6月9日には帝国劇場でミュージカル『ガイズ&ドールズ』が開幕しました。『ガイズ&ドールズ』は1950年にブロードウェイで初演されて、ロングラン公演を記録。トニー賞を8部門で受賞したミュージカル・コメディーの傑作です。舞台は1930年代のニューヨーク。僕が演じる天才ギャンブラーのスカイと救世軍軍曹のサラ(明日海りお)、ギャンブラーの仕切り役・ネイサン(浦井健治)とショーダンサー・アデレイド(望海風斗)という2組のカップルを中心とした恋愛模様を描きます。
『ガイズ&ドールズ』は日本でも度々上演されてきましたが、今回の公演の一番の特徴は、ブロードウェイで注目を集めている若手演出家マイケル・アーデンが日本のために新たに演出を手がけたこと。日本での初演出となります。クラシカルな名作が、どう生まれ変わるのかが見どころです。振付のエイマン・フォーリー、装置のデイン・ラフリーもブロードウェイで活躍している人たちで、ミュージカルにあこがれてこの世界に入ってきた僕にとっては、これ以上ないくらいのシチュエーションとあって、すごく幸せな毎日です。

舞台稽古の初日に、客席に座ってセットや衣装を初めて見たときは、本物のブロードウェイの舞台を見ているみたいで、その光景に感動しました。すごくリアルなんです。セットのメインは3階建てのビルディングで、地上の階にはお花屋さんやケーキ屋さんといった店が入っていて、地下が伝道所になっています。そのビル全体がせり(舞台の昇降装置)でアップダウンすることで場面が変わるという大仕掛けです。それぞれの店の中ではちゃんと洋服を売っていたり、人が働いていたりもします。そのセットだけを見ても、自分たちが日本でやっているものとは全然違っていて、驚かされました。どちらかと言うと日本は書き割り(背景を絵に描いた大道具)の文化だと思うのですが、欧米の文化はリアルにつくってしまうんだなと。
今回の企画が立ち上がったのは2年前くらい。コロナ禍に入っていたので、2年後にどうなっているか分からないけど、やっぱりお客さまは楽しいものが見たいだろうという話になり、東宝の方から帝劇で『ガイズ&ドールズ』はどうでしょうと、だったら新しい演出家と出会えたらいいですね、というようなことをお話しして、マイケルが手がけてくれることになりました。だから、コロナ禍で生まれた企画ではあります。
マイケルは『春のめざめ』、『アイランド』のリバイバル公演でトニー賞候補になり、ブロードウェイ史上初めて35歳以下で2度のノミネートを果たしています。俳優としても活躍していて、すごく才能豊かな人です。今は39歳で、僕より少し若い年齢です。僕も何回か、いろんな国の演出家とやらせてもらった経験がありますが、その中でもこれまでに会ったことがないタイプの演出家だと感じました。すごく繊細で緻密です。基本的にプランは出来上がった上で稽古に入って、僕たちがどう演じるかといった俳優から生まれてくるものを取り入れながら、緻密に物語を組み立てていく作業を重ねていました。後ろを通行する人にも動きをつけるし、その一方で「みんな楽しんでいるかな」と細かな気配りもしてくれます。お決まりのパターンは踏襲しないし、かといって奇をてらっているわけでもなくて、そこがマイケルの繊細な個性なのかなと感じました。
演技もリアルに見えることを求めます。舞台では、相手に言っているセリフでも正面の観客席に向かって言ったりすることが多いのですが、それに対しても「できる限り本当に相手の方を見て言ってください」とか「そんなに大げさにする必要はありません」と指摘します。ちょっとしたことではあるのですが、僕たち俳優が大劇場でのミュージカルはこういうものだと思い込んでいたことを、一つ一つ丁寧に解きほぐす作業を稽古で積み重ねてきました。一緒につくってきて、とてもありがたい過程でしたね。
どの時代の人間も本質は変わらない
海外のミュージカル・コメディーを日本でやるときに難しいのは、文化の違いだったり、固有名詞が通じなかったりで、笑いを作るのが難しかったりすることです。なので僕は、稽古の最初のころは、日本のお客さまにも分かるようにアドリブを付け加えたりして、笑わせてやろうとしていました。でも途中からは、マイケルがやりたいのはその方向じゃないと分かり、アドリブは一切なし、お芝居だけに専念しました。僕が演じるスカイという天才ギャンブラーは、コメディーパートを担うというよりは、物語を運んでいく2枚目の役なので、その役割を全うしたいなと。相手役の明日海りおさんが演じる救世軍軍曹のサラもそうですが、2人のラブストーリーを真剣に演じています。だから、あまりコメディーと思ってやっていないかもしれません。でも、それでいて、生きているさまがみんなおかしいというのが理想だと思うので、そう見えているとうれしいことです。
振り付けのエイマンは、今回新しく振りをつけてくれました。とても面白い動きです。ダンスのジャンル分けが難しくて、ジャズでもないし、もちろん今のテイストが入りつつも、1930年代の時代を描いてもいます。たくさんダンスナンバーがあるのですが、見せ場だからここぞとばかり踊るぞというよりは、物語上どうやったら一番そのシーンがよく見えるかを考えていて、効果的な動きがちょこっと入ってきたり、移動の動きがあったりします。物語を運ぶことに焦点を当てた振り付けなのが特徴で、そこはマイケルの演出と連動しています。そういうダンスの見せ方も勉強になりました。
マイケルが言っていたのは、どの時代の人間も変わらないということ。1930年代のニューヨークという時代背景はあるけど、なかなか結婚できないカップルがいたり、本当は愛する人を探しているけど、素直になれない大人がいたりすることは、どの時代も同じなんだということが描かれています。時を経ても、人間の本質は変わらなくて、いとおしかったり愚かだったりするもの。そんな安心感が伝わればいいな、と思いながら演じています。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第118回は7月2日(土)の予定です。
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