「西からの風」が醸す カリフォルニアワインの名所

金色に輝くブドウ畑が、オークの木が茂る丘へと続く。ここは、米サンフランシスコから車で45分ほどのところにあるカリフォルニアワインの生産地。家族経営のブドウ園では、打ち解けた雰囲気でワインを試飲でき、価格も手ごろなものが多い。
ただし、ここは有名産地のナパやソノマではない。牧歌的なスースンバレーだ。長さ約13キロメートル、幅約5キロメートルの帯状に広がるブドウ園や小規模な農場は、ナパバレーの50年前の姿を見ているようだ。
カリフォルニア州の大規模なワイン生産地と比べて、「ここではもっとリラックスした経験をしてもらえます」と話すロン・ランザ氏は、スースンで最も古いワイン醸造所、ウッドゥン・バレー・ワイナリーを家族で経営している。
素晴らしいテロワール(気候や土壌、地形など、ブドウ栽培を取り巻く環境)と共同体意識に引かれて、ナパで高く評価されているワイン醸造所「ケイマス」も、ブドウ栽培とワイン生産の大部分をこの地に移した。「この辺りは私が育った場所にとてもよく似ています」と、ケイマスの経営者チャック・ワグナー氏は語る。「農業的な観点からだけでなく、住んでいる人もです。みんな顔見知りで、仲が良い」。ワグナー氏は2022年5月に、ガラス張りの洗練された「ケイマス=スースン試飲室」をオープンしている。
有名になりすぎる前に、スースンバレーの良さを経験してみてはいかがだろうか。
家族的なワイン醸造所
「(スースンは)週末旅行の行き先にうってつけです」と、ベゼール・ファミリー・ビンヤードのゼネラルマネジャー、パム・バルディビア氏は言う。ワイン醸造所のほかにも、オリーブオイルのテイスティングができるイル・フィオレーロ、果物やナッツを買えるラリーの農産物店やカル・イー農場などがある。音楽の生演奏や、移動式屋台が並ぶ「フードトラックフライデー」、料理教室など、イベントも豊富だ。山の方にあるロックビル・ヒルズ・リージョナル・パークは、256ヘクタールの草原や湿地にハイキングコースが整備されている。

今のところ高級リゾートホテルは進出してきていないが、ベゼールのブドウ園の真っただ中にある2軒のコテージや、数は少ないものの短期レンタルのアパートに宿泊することができる。
夫婦で経営しているワイン醸造所では、好みに合ったワインを注いでもらえる。「試飲に来てくれれば、たぶん私たちのどちらかがお相手をします」と話すのは、渓谷の南端にあるトレナス・ワイナリーの共同所有者、クリフ・ハワード氏だ。「自分たちでブドウを育て、ワインを作り、ゲストと話をしています。こういうやり方は、ナパでは失われてしまいました。あそこも以前は同じだったのですが」
スースンでは、19世紀から(禁酒法時代を除いて)ずっとワインが作られてきたが、評判の高いケイマスが来てから、ここで素晴らしいワインが作られていることが広く知られるようになった。
西からの風
この地域の先住民パトウィン族の言葉で「スースン」とは、「西からの風が吹くところ」を意味する。この風が水蒸気を含む空気を運んでくるおかげで、ブドウの成熟のスピードが抑えられ、ゆっくりと味が深まり、霜の危険を最小限に抑えることができる。これが卓越したワインができる秘密だ。

20世紀初頭、フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)の大発生と禁酒法の二重の打撃によって、スースンのワイン産業は壊滅状態に陥った。農業経営者は、この地でよく生育するウメやモモ、ナッツの栽培に転向した。
やはり19世紀半ばからワインの生産が行われていたナパも、大きな影響を受けた。ようやく持ち直し始めたのは、1976年に後に「パリスの審判」と呼ばれるブラインドテイスティングイベントで、ナパの2つのワインがフランスのトップシャトーのワインを破って1位を獲得してからだ。
禁酒法が解かれてから、スースンのワイン産業は徐々に回復していった。再びブドウの木が植えられ、1933年のウッドゥン・バレーを皮切りに、小規模なワイン醸造所ができ始めた。何十年もの間、スースンの栽培家のほとんどが、収穫したブドウをソノマ郡のオーガスト・セバスティアーニブドウ園にまとめて売っていた。ところが、2000年にセバスティアーニが売却された。スースンの栽培家が同社と結んでいた契約は解除され、同じ頃カリフォルニア州全域でブドウの供給過剰が生じていた。
「生活がひっくり返ってしまいました」とウッドゥン・バレーのランザ氏は振り返る。
スースンのワイン醸造家は、この狭い地域がブドウ栽培に理想的であることを知っていた。メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ソーヴィニヨン・ブランを含む、23品種ものブドウを育てることができるが、主役は何と言ってもプティ・シラーだ。
「次のナパ」にはなりたくない
それでも、スースンの農業家やワイン醸造家は、次のナパになることを望んでいない。
「ナパバレーはとてもおしゃれなワイン生産の中心地で、多くの人が、死ぬまでに一度は飲みたいワインのリストに載せています」とワグナー氏は話す。「しかし、ワイン醸造所の所有者の多くが、ブドウ栽培やワイン作りに本当の意味で参加していません」
一方で、スースンバレーのワイン醸造家は、小規模なコミュニティを楽しんでいる。とはいえ、地域の認知度が高まるにつれて、成長の管理も必要になる。醸造家、農業家、醸造所らは地方自治体と協力して、渓谷に住宅団地や商業地区を作らせないなど、賢い開発を進めている。
「ここを破壊も、汚染も、化学物質まみれにするつもりもありません」と、地域のあり方について、キング・アンドルーズ・ブドウ園の共同所有者ロジャー・キング氏は話す。「今あるものを、明日のためにより良いものにしていきたいです」
(文 Barbara Noe Kennedy、訳 山内百合子、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2023年2月4日付]
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