ワインと油の量り売り 古くて新しいイタリアの食習慣
イタリア美味の裏側(19)イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、総菜・食料品店を新たに設けたイタリア料理店は少なくない。コロナ禍中に増えた"おうちイタリアン"のための食材・総菜提供と、料理店への来客数減少による売り上げ減を補う意味がある。そのようななか、イタリアの昔からの習慣さながらに、ワインとオリーブオイルの量り売りを始めた食料品店がある。東京の下町、東京メトロ・門前仲町駅近くの「ベルリンガッチョ・アリメンターリ」(東京・江東)だ。
この店は、フィレンツェ風ビステッカ(炭火焼き骨付きステーキ)が人気の「トラットリア ブカ・マッシモ」(東京・江東)の姉妹店。大沼清敬オーナーシェフが、トラットリアとは駅の逆出口側に開店させた。総菜や生ハム・サラミ類、チーズだけでなく、ワインとオリーブオイルまですべて量り売りする店である。店名の「アリメンターリ」とはイタリア語で「食品」の意味だが、食料品店も指す。

ワインの量り売りは、初回に500円で客がオリジナルボトルを買ってワインを店側に入れてもらい、次回持参時に、洗浄乾燥した空き瓶と交換し、またワインを注いでもらう。ワインの量り売りは、菓子製造販売会社シャトレーゼ(甲府市)のグループ企業のワイナリーや、パピーユ(大阪市)が「FUJIMARU東心斎橋店」で自社醸造ワインを売る例はあった。
だが、イタリアから輸入されたバルクワイン(「ベルリンガッチョ・アリメンターリ」では16リットルの樽〔たる〕型容器に詰められたワイン)を窒素ガスを使って保存、セラー内で温度管理し、販売する店はこれまで日本では聞いたことがない。「短期間ナポリに住んでいて、近所の酒屋へ友人と行ったとき、コーラの空きペットボトルに樽からワインが注がれ、リットル当たり数ユーロで売ってもらっていたんですよ。品種も何もわからないワインでした」と初めて量り売りを体験したときの感動を大沼シェフは楽しそうに語る。
ワインの量り売りというアイデアは当初、大沼シェフの頭になかった。イタリア中部エミリア・ロマーニャ州専門のワイン・インポーターと話をするうちに盛り上がって決めたのが、バルクワインの量り売りだった。「自分がイタリアで感動したものは、お客様も感動してくれる」。大沼シェフはそう強く信じて始めた。
「もう安酒を飲む時代ではない!適量飲んで、見合うお金を」

現在、量り売りするのは、赤ワインのサンジョヴェーゼ、白ワインのアルバーナ、トレッビアーノという各品種100%の3種類。いずれも500ミリリットル当たり1600円~で、今後は違うワインも入荷する予定だ。量り売りワインは、店内に併設されたワインバースペースでも1杯880円~で飲むことができる。「門前仲町という街は、お酒好きが集まってきますが、もう安酒を飲む時代ではない。いいものを適量飲んで、それに見合ったお金を払うというのが今のお客様です」と大沼シェフは分析する。
ワインの量り売りを決めてから、オリーブオイルについての量り売りも始めた。イタリアの地方では、搾油所や農家からの量り売りが習慣として残っているところもある。バッグインボックス(箱の中に別容器が入った複層容器で、環境に優しく、オイルが酸化しにくい)入り3種のオイルは、いずれもイタリアのオリーブオイル名産地のもので、200ミリリットル当たり1080円から。
特に南部プーリア州のオーガニック3品種による「サビーナ・レオーネBIO」というオリーブオイルは、イタリア人インポーターが自家用に輸入している希少品だ。客はガラス瓶(500円)かイタリア製オリジナル陶器(6000円)を最初に買って、店舗スタッフに入れてもらう。

もう一つ明かすと、環境負荷を減らすワインやオリーブオイルの量り売りを大沼シェフが決めたのは、世界的グルメガイドの「ミシュランガイド」も関係している。大沼シェフの「トラットリア ブカ・マッシモ」は2016年の開店後、「ミシュランガイド東京2018」で初めてビブグルマンに選ばれた。以来、最新の2022年版まで5年連続で同カテゴリーに掲載されている。
「ミシュランガイドが(環境やサステナビリティに配慮した店に与える)グリーンスターを設ける少し前に、SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティについてアンケートを受けたんです。そのことで、自分にできることはないのかを考えたのもきっかけになりました」(大沼シェフ)
生ハム・サラミ・チーズもその場でカットされて量り売り

この店のもう一つの魅力は、生ハム・サラミ類やチーズがその場でスライス、カットされて量り売りされることだ。しかも、スライスやカットしてくれるのは、イタリア料理とチーズに精通するプロたちである。空気を含む羽根のように薄くスライスできるかどうかがおいしさを左右する生ハムは、特注カラーのイタリア製スライサーでカットされる。生ハム・サラミ類を包む紙までイタリア製で、卵の殻を使ったこの紙には環境と安全・安心への配慮もある。
総菜とワインバースペースの調理を担当するのは、中部トスカーナ州と南部プーリア州での修業経験があるイタリア料理人の山本和輝さん。現地の味を生かして山本さんが作る「豚と白インゲン豆のトマト煮こみ」などが総菜としてショーケースに並ぶ。幅広いイタリア産チーズの品ぞろえは、店長の小林深雪さんがCPA(チーズプロフェッショナル協会)認定チーズプロフェッショナルだからこそである。
この連載コラム第1回で紹介したイタリアチーズ専門店で働いていた小林さんが、今はこの店の店長を務める。30キログラム超の円筒形パルミジャーノ・レッジャーノ(チーズ)は小林さんが自らかち割って、小分けで販売している。「今スライスした、今ボトリングした、今削ったところをお客様に見てもらうことで安心と信用をしていただける」と大沼シェフは言う。

「お客様がプロフェッショナルと会話をしながら買い物する食料品店を開きたかったんです。この人から買いたいと思ってもらえる店を」と大沼シェフ。そこには、イタリアで自分が楽しかったことを客にも体験してほしいという願いがある。コロナ禍で失われてしまっていた買い物の会話の楽しみを、ウィズ・コロナ、アフター・コロナ時代に先駆けて、この店は客にとり戻させるだろう。
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。国際薬膳師の資格を持ち、「薬膳イタリアン」を日本全国に広める。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)、『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。
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