歌でメスを口説く? オスが一年中歌い続ける理由

イスラエルの南東部では、死海から太陽が昇ると、ケープハイラックスのオスたちが暗い巣穴からはい出し、歌い始める。
人間の耳には、ハイエナの鳴き声と黒板を引っかく音を足して2で割ったように聞こえる。しかし、ケープハイラックスのメスにとっては、それぞれのコーラスが渓谷に響き渡るバラードだ。そして、オスが安定したリズムを維持すればするほど、メスはうっとりするらしい。
学術誌「Journal of Animal Ecology」に2022年9月12日付で発表された論文によれば、ケープハイラックスの求愛の歌の分析結果と繁殖の成否を照合したところ、より頻繁に歌い、リズムをうまく維持するオスほど、1歳まで生きる子どもの数が多いことが初めて明らかになった。ケープハイラックスの子の9割は1歳まで生きられない。ケープハイラックスはウサギほどの大きさの哺乳類で、最も近い仲間はゾウだ。
研究チームは色とりどりの耳のタグと首輪を使用して遠くから個体を識別し、求愛の声と父子鑑定の結果を照合した。
研究チームを率いた行動生態学者のブラッド・デマルツェフ氏は「最も単純な説明としては、リズムが一定であることは魅力的であり、少なくとも何らかの質を反映しているということでしょう」と述べている。デマルツェフ氏は研究中、ドイツのマックス・プランク動物行動研究所に所属していた。
ケープハイラックスの歌は人間の音楽と同様、曲が進むにつれて複雑化する傾向があり、聞き手を魅了するようなクライマックスを迎える。
「ただ信号を発しているだけではありません。単にできるだけ多くの信号を発しているわけでもありません」とデマルツェフ氏は話す。
「実際、彼らは良いショーを行っています」
歌は剣より強し
科学者たちはイスラエルのエン・ゲディ自然保護区で、20年にわたってケープハイラックスの研究を続けてきた。
ケープハイラックスのオスは、メスとその子どもから成る最大30頭の群れと暮らす権利を勝ち取ると、10年ほどの寿命を迎えるまで、誰もが欲しがる、その地位を維持できる。
しかし、ごくまれに、群れを率いるオスが単独のオスに打ち負かされ、追い出されることがある。ケープハイラックスのオスが7〜8月の数週間にピークを迎える繁殖期だけでなく、一年中歌い続けるのにはこのような理由もあるのだろう。
歌で自分の価値を示すことが、実はオス同士の争いを防いでいるのかもしれないとデマルツェフ氏は考えている。
「戦う必要性を最小限にするための儀式のようなものです。戦いは双方に損失をもたらします」
独身のオスは歌が複雑
興味深い発見はまだある。オスの歌い方にも違いがあることがわかったのだ。
群れを率いるオスは一定のリズムで頻繁に歌うが、曲の複雑さは、群れのリーダーになると減少する。
「すべてのメスに知られており、すでに資質もわかっています。同じねぐらで暮らしているのですから」とデマルツェフ氏は話す。「そのため、少ない投資で同じことができるのかもしれません」
しかし、ほとんどのオスは独身で、その歌は年齢とともに、着実に複雑化していく。
独身のオスは定期的に、群れの周辺にいる若いメスを口説き落とそうとするためかもしれない。しかし、若いメスは母親としても未熟な傾向があるため、群れのオスの子どもの方が1歳まで生き延びる確率が高いのだろう。
「メスがリズムを維持できるオスに引き寄せられる理由はまだわかっていない」とデマルツェフ氏は言い添えている。一息でたくさんの音を出せるのは健康の証であり、それを反復可能なリズムにアレンジすると最も効果的に伝わるのかもしれない。
リズムを駆使する動物、発見相次ぐ
イタリア、トリノ大学の霊長類学者キアラ・デ・グレゴリオ氏によれば、ほんの数十年前まで、動物は多かれ少なかれ決められたパターンでコミュニケーションを取っていると広く考えられていた。デ・グレゴリオ氏は2021年、今回の研究のヒントとなった歌うキツネザルの論文を発表している。
「現在、このパターンは文脈によって変化し、オスの資質など、ほかの側面にも依存することがわかってきています」とデ・グレゴリオ氏は話す。
これらの研究はケープハイラックスやキツネザルを理解するうえで重要なだけではない。リズムのような原理を使ってコミュニケーションを取る種が発見されるたび、古代人の音楽に影響を与えた構成要素の起源に近づくことができる。
「結局のところ、これらのパターンは間違いなく、これまで考えられていたより、(動物界で)一般的なものだと思います」とデ・グレゴリオ氏は話す。
(文 JASON BITTEL、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年9月23日付]
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