春の食卓彩る「桜の塩漬け」 スイーツに料理に
魅惑のソルトワールド(63)

春といえば、桜をイメージする人も多いことでしょう。古くは万葉集や古今和歌集にその美しさが詠まれており、日本人にとってはなじみが深く、その花を愛(め)でると、自然と気持ちが華やいできます。お花見を楽しみにしている人も多いでしょうが、昨今の新型コロナウイルス感染症の影響で、各地のお花見スポットでは「飲食自粛」が広がり、これまでとは様相が異なっているようですね。
日本にお花見という文化が伝わったのは奈良時代、遣唐使が持ち帰った「梅の花」を貴族が鑑賞したのが始まりとされています。その後、日本に定着していた桜を梅に代わって鑑賞するようになっていったそうです。
基本的には鑑賞用ですが、その美しさと縁起の良さから、桜は食用としても活用されています。開花期間が短いため、食用には花や葉を塩漬けにした「桜の塩漬け」を使うのが一般的です。塩漬けにすると、桜の花や葉に含まれる糖が分解され、クマリンという香り成分が生成されるため、生の状態では感じられない独特の華やかな香りが醸し出されるというメリットもあります。近年では、桜の花や葉を乾燥させて粉末状に砕いたパウダーなども発売されています。
桜を使用した代表的な食べ物は、なんといってもスイーツでしょう。和菓子のさくら餅やパウンドケーキ、クッキーなど、春先には桜を原料に使用したスイーツ類が数多く発売され、「桜フェア」などとして店頭を色鮮やかに彩ります。だからかもしれません。「スイーツにしか使えないもの」と思われがちな桜ですが、実はそんなことはありません。
桜の花の塩漬けは、しょっぱさと酸味が主たる味わいです。しょっぱくて酸味がある食べ物といえば、漬物もその部類に属します。漬物もそのまま食べるだけでなく、料理のアクセントとして細かく刻んで混ぜて使う場合があるように、桜の花の塩漬けも、しょっぱさと酸味を料理のアクセントにしたい時に、少量加えて使えばいいわけです。
例えば、酢の物に加えたり、オイルベースやクリームベースのパスタに加えたり。細かく刻んで白身魚の刺し身に添えたり、ごはんに混ぜ込み、おにぎりにしたりするのもいいでしょう。さらには焼いた豚肉や鶏肉に添えたり、塩焼きそばに入れたり。いろいろな料理に使えます。

一方、桜の葉の塩漬けの場合は、塩漬けによって醸成されたクマリンの香りがかなり強く出ているので、少し使用用途が限られますが、料理にも使えます。エビやサーモンのお寿司におすすめです。食べきれず残ってしまったおすしを桜の葉の塩漬けにくるんで一晩置くと、全体が引き締まり、桜の風味が加わり、臭みも取れて翌日、また違った風味で楽しめます。大根の浅漬けに刻んだ桜の葉の塩漬けを加えると、風味が加わり、おにぎりの海苔(のり)の代わりに使えば、春らしさを感じる仕上がりになります。
塩抜きが必要な場合は
桜の葉や花の塩漬けをそのまま使うと、しっかりとしたしょっぱさを感じるので、用途によっては、塩抜きが必要になる場合があります。その際には、濃度2%の塩水を作り、その中に20分ほど入れておくと塩分が抜けます。ただ、風味も一緒に抜けてしまうので、使用する量をなるべく抑え気味にして、できるだけそのまま使うのがおすすめです。
日本では結納や出産などの際に、桜の花の塩漬けを使った桜茶を嗜(たしな)む文化があります。湯飲みに桜の花の塩漬けを入れ、お湯を注いだだけのものをいただきます。お湯の中で花が開く様子が「未来が花開く」を連想させて縁起が良いとか、緑茶などの普通のお茶では「茶々を入れる」「お茶を濁す」ことを連想させるため、透明で色合いが美しい桜茶が使われるようになった、など諸説あるようです。1つの湯飲みに入れるのは花1つが基本のようですが、事前に塩抜きをした桜の花の塩漬けをいくつか入れると、しょっぱくなく、華やいだ気分の演出になりますね。
自宅で塩漬けに挑戦する

桜の塩漬けは、単純にその辺りに咲いている桜を摘んできて塩に漬けたらOKというわけではありません。色々なコツがあります。実は塩漬けにする花と葉は別の桜のものが使われています。花の塩漬けの原料は花の色が濃く、見栄えが良い八重桜が開ききる前のものを収穫したもの。また、葉は、柔らかく産毛が少ない、そしてクマリンの生成量が多いオオシマザクラの若葉が主に使用されています。
7分咲きの八重桜やオオシマザクラの若葉が入手できる方は、ぜひ試してみてください。ソメイヨシノで作る場合は、風味や色が余り出ないようですが、食用とすることはできます。ご家庭で桜の塩漬けに挑戦する場合の方法をご紹介します。
▼桜の花の塩漬け
①7分咲き程度の八重桜(300グラム)を摘み、良く水洗いし、水気を拭き取る
②清潔な容器に桜の花を入れ、塩(75グラム)とレモン果汁(大さじ4)を入れて、重しをして3日寝かせる
③②の桜の花をザルの上などに並べ、2~3日天日干しする
④桜についた塩ごと瓶に入れ、保存する
▼桜の葉の塩漬け
①オオシマザクラの若葉を摘み、たっぷりの熱湯にくぐらせ、冷水で締めた後、水気を拭き取る
②葉の重量の2割の重さの塩を用意。容器に塩を振り、その上に①の葉、塩、葉、塩の順番で重ね、最後に塩を振りかける
③②に重しをして冷暗所で約1週間寝かせる
④塩水ごと容器に入れて保存する
塩漬けにする際に、どんな塩を使うかによっても、仕上がりの味わいは大きく変化します。桜の花の塩漬けに適しているのは、ナトリウム以外のミネラルも多く含んだ海水塩。塩そのもののしょっぱさが、うまみや甘味のあるものが多いため、まろやかな味わいに仕上がります。
桜の花や葉の塩漬けを使えば、料理やお菓子に春ならではの風味が加わり、その場の雰囲気がぱっと明るくなります。塩漬けなので年間を通じて使えますが、ぜひこの時期に楽しんでみたいものです。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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