自宅で湯豆腐おいしく コツは「沸騰させず」塩を少々

肌寒い季節に体をほかほかと温めてくれる湯豆腐。豆腐のなめらかな食感を生かすには温めすぎず、塩を少量加えるのがコツだ。シンプルだからこそ少し手間をかけ、丁寧に仕上げよう。
最近は鍋物も多彩になってきたが、湯豆腐は定番のひとつ。昆布を敷いた鍋に水と豆腐を入れて火にかけ、温まったところで薬味やつけダレと一緒に食べる。これほど単純にみえる料理ではコツも何もないのではと思うかもしれない。しかし単純だからこそ、ちょっとした工夫や注意が仕上がりを左右する。
最も重要なのは「ぐつぐつと煮ない」ことだ。豆腐を高温で加熱していくと、表面や内側にプツプツと小さな穴があく。「『す』がたつ」と呼ばれる現象だ。こうなると、豆腐ならではのなめらかな食感が損なわれてしまう。
豆腐は9割近くが水でできている。加熱しすぎると、含まれている水分が沸騰して水蒸気の泡となり、豆腐の内側に穴をあけるのだ。
そもそも豆腐という食材は高温で加熱し続ければギュッと縮み、内部の水分が流れ出してかたくなってしまう。これには豆腐ができる仕組みが関係している。
豆腐は大豆を原料とする豆乳に「にがり」や「すまし粉」といった凝固剤を加えて固めてつくる。
豆乳の中には大豆に豊富なタンパク質や油が小さな粒となって漂っている。そのまま置いておいても、タンパク質の粒が沈殿したり、油が浮いてきたりすることはない。小さな粒は静電気を帯びた髪の毛のように互いに反発し合って、沈まず、浮かばず、くっつかず、水の中を漂う。こうした状態を「コロイド」という。高校の化学の授業で学んだ人もいるだろう。
にがりやすまし粉にはそれぞれ、主成分として塩化マグネシウムと硫酸カルシウムが含まれている。こうした成分が水に溶けると、電気を帯びた「金属イオン」が生じる。マグネシウムイオン、カルシウムイオンだ。
これらの金属イオンには粒が互いにくっつかないようにする力を弱める効果がある。この効果で、バラバラに散らばっていたタンパク質の粒や油が集まってくっつき、ブロックのようなものができる。ブロックがさらに集まって壁になり、水を取り囲むように塊をつくる。これをひとまとまりにしたのが豆腐だ。
豆腐をつくる際に加えられた金属イオンの一部はタンパク質同士を結びつけて豆腐を固める役割を果たす。一方で残る大部分はそのまま水に溶け込んでいて豆腐の中にとじ込められている。
豆腐を加熱しすぎると、内部に残っていた金属イオンがタンパク質をさらに結びつけ、豆腐をかたくしてしまう。これが豆腐のかたくなる理由と考えられる。
豆腐への加熱の影響を調べた研究によると、70度ではさほどかたさは変わらないが、80度では徐々に水分が絞り出されてかたくなる。90度以上ではより急激にかたくなる。豆腐のやわらかさを保ちながら仕上げようと思えば、70度くらいでゆっくり加熱していくのがよいだろう。

目安としては鍋の底に小さな泡がつき始めるのが60度。70度を超えると泡の量が増えてきて、ぷつり、ぷつりと浮かんでくる。もっとたくさん泡が浮かんでくるようになったら80度を超えている。火を弱めるようにしよう。
しかし温度をしっかりと維持しながら加熱し続けるのはなかなか難しい。そこで活用したいのが食塩だ。
食塩の主成分は塩化ナトリウム。水に溶けると、ナトリウムイオンができる。このイオンはマグネシウムイオンやカルシウムイオンの働きを邪魔し、豆腐がかたくなるのを抑えてくれるのだ。
ただ食塩を加える量が多すぎると、今度は「す」がたちやすくなる。鍋に入れる水の量に対して0.5~1%程度が適量だと考えられる。実際調理してみると、豆腐にほんのりと塩味がつく。しょうゆやタレを使う量が減り、豆腐自体の風味をより味わえるという利点もある。
逆に鉄やアルミニウムのイオンはマグネシウムやカルシウムのイオンより豆腐をかたくする作用が強いとされている。鍋の材質が影響するので注意しよう。湯豆腐は少し気を付けるだけで仕上がりが変わる。ぜひ試してほしい。
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かつお節のうま味 相性よく

湯豆腐そのものにも豆の甘みや香り、昆布のうま味がある。とはいえ、それだけではやはり味気ない。タレや薬味が果たす役割も大きいだろう。とりわけ定番と考えられるのがかつお節のうま味だ。
かつお節にはうま味成分のイノシン酸が多い。昆布に含まれるうま味成分のグルタミン酸と相性がよい。組み合わせて使えば、うま味が何倍にも増して感じられることが知られている。薬味としてかつお節を用いたり、土佐しょうゆのようなかつお節を使ったタレをかけたりしてみよう。より一層味わい深くなる。
(科学する料理研究家 平松 サリー)
[NIKKEI プラス1 2022年10月29日付]
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