青梅の小沢酒造「東京蔵人」 江戸期の製法を都内で

小沢酒造(東京都青梅市)は観光スポット、御岳山の麓の多摩川上流に蔵を構える。「澤乃井」のブランド名で知られる都内有数の酒蔵だ。仕込み水を使い分け、時代に対応した品ぞろえにしてきた。一方、創業した江戸時代からの仕込み方法にもこだわり続けた地酒が「東京蔵人」だ。
同社の酒蔵の一角には、創業の1702年以来仕込み水の水源として使い続けている井戸がある。波紋を広げないと水の存在がわかりにくいぐらいの透明度の井戸水は、奥多摩を代表する山の一つ、高水三山を水源とする中硬水だ。小沢幹夫社長は「ミネラルが豊富で当社の酒造りを支えてきた」と話す。

本社のある多摩川沿いの対岸に同社が所有する山林には、戦後に見つかった、水源が全く異なる別の井戸がある。水質は軟水だ。仕込み水で硬水、軟水双方の水源があると使い分けで造れる酒が多様になる。
硬水は発酵が進みやすく、ワインで言えばフルボディータイプの濃い酒ができる。硬水よりミネラルが少ない軟水は発酵がゆっくり進み、すっきりとした味わいの酒になる。
最近好まれる純米吟醸や大吟醸は、軟水で仕込む方が向いているといい、仕込み水使用量の9割を軟水が占める。同社が単価の高い吟醸酒にシフトし、澤乃井ブランドの都内でのシェアを伸ばすのに貢献した。
ただ、小沢社長は「江戸時代からの酒造りの伝統を伝えていくのも当社の使命だ」と話す。その象徴が同社発祥の水源からの硬水を使い、サブブランドとして発売した東京蔵人だ。乳酸菌を自然発酵させる「生酛(きもと)づくり」で仕込む。
醸造過程で、通常は日本酒に必要のない雑菌をなくすため、人工の乳酸を投入。生酛づくりでは、人工の乳酸がなかった江戸時代と同じように、乳酸菌も自然に醸成されるのを待って造る。仕込みの時間は通常より長くなるため、発酵が進みやすい硬水を使う。
「酸の出方が複雑で、味もふくよかで、ボリュームが出る」との小沢社長の説明通り、酸味のある力強い味わいが口の中に広がる。手間がかかり、4合瓶換算で年間約1万2500本分しか製造していない。
国内での販路を百貨店などに限る一方、米国や台湾、香港にも輸出し「酸の感じがワインにも通じ、肉料理にも合うとの評価を得ている」(小沢社長)という。
1966年から酒蔵見学を受け入れる。翌67年以降も軽食などが食べられる場所や美術館などを次々とつくり「酒蔵ツーリズムの先駆け」を自任する。東京蔵人を生み出す、江戸時代から残る井戸や酒蔵は誰でも見学できる。
コロナ禍で団体客が減る中、家族連れであまりお酒を飲まない客も取り込もうと、2021年11月には軟水井戸の水を抽出水に使うカフェを開業した。「コーヒーもやはり水が大事であることをわかってもらいたい」(小沢社長)と、同社の水へのこだわりも込めた。
(多摩支局長 一丸忠靖)

[日本経済新聞電子版 2022年3月24日付]
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。