吉野川の軟水でまろやかな酒 高知・土佐酒造「桂月」

高知県北部、四国山脈の山あい、吉野川の源流に位置する土佐町。自然豊かな地で酒づくりに励む土佐酒造は1877年の創業以来、醸造の肝となる酒米と水を地元から求める。欧州では、チーズやワインの産地の土壌や気候条件などを「テロワール」と呼ぶ。地域に生かされた「土地の酒」の蔵を訪ねた。
年越し間近の2021年末、同社の看板商品「桂月」の新酒づくりがピークを迎えていた。大型の仕込みタンクには大吟醸用のもろみがたたずむ。「蔵人」と呼ばれる作業員がタンク上部に上り、長い棒でゆっくりかき混ぜる。蔵人は心の中で念じる。「おいしくなーれ、おいしくなーれ」

「桂月」は高知の文人、大町桂月が土佐酒造の酒を愛したことにちなんだ名前。「大町は土佐の風土にこだわった創業者の考えに共鳴した」。松本宗己社長はこう話し、続ける。「もろみとなる酒米は地元の棚田で育ったものだけを使う」
酒米は高知で2002年に品種登録された「吟の夢」。地元はもともと棚田による米づくりが盛ん。日本酒に等級があった時代、桂月はおいしくて安価な二級酒として高知で親しまれたが、酒米を供給したのは棚田だった。この恵みでもっと美味な清酒を送り出そうと、農家に栽培を働きかけたのが吟の夢だ。
力を入れているのが、きめ細かくてまろやかな味わいの桂月の大吟醸。日本食ブームにも乗り欧州で好評を博している。「棚田とはどういうものなのか」。海外バイヤーから産地の情報を求められるようになった。

「チーズで知られるイタリアのパルメザン、ワインで有名なフランスのボルドー地方、いずれも産地の気候風土や原料にこだわり消費者にアピールする。この手法をテロワールという。遅ればせながら桂月もテロワールを発信しようと思った」。松本社長はこう話す。
仕込みに使う水は吉野川の軟水だ。「今、日本酒は辛口が好まれる傾向にある。辛口に向いているのは硬水。でも我々は、地域外から硬水を求めないし、軟水で辛口の酒を追求しない」と松本社長は話す。
ミネラル豊富な硬水で醸造すると、酵母菌がブドウ糖をどんどん食べて発酵が早くなる。それにより辛みが甘みを上回りキリッと、そしてどっしりとした辛口の清酒が生まれるという。軟水を使う桂月は現在、醸造に時間をかけたまろやかな風合いの大吟醸にかける。逸品は白ワインのような華やかで軽快な味わいという評価を国内外で得られるようになった。
土佐酒造は桂月を育む土佐町の風景をドローンで空撮し、インターネットで動画を紹介する。
春夏秋冬の棚田の動画を見る。土佐町は雪が降る。動画は雪化粧から盛夏の濃い緑、そして初秋の実りの黄金色へと移ろう。山間部特有の季節と昼夜の寒暖差が良質な酒米を産出すると知る。吉野川の水を蓄える早明浦(さめうら)ダムの姿にも、一部が湖底に沈んだ町周辺の歴史を感じ様々な思いが去来する。
(高知支局長 保田井建)

[日本経済新聞電子版 2022年1月13日付]
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