生臭い魚、ひと手間でおいしく サバの味噌煮は酢使う

脂がのった秋のサバを味噌煮にしよう。塩振り、ショウガ、酒やみりん……魚の調理に用いられるひと手間や食材には、生臭さを抑えて食べやすく仕上げるための科学が隠れている。
煮魚のレシピには大抵「塩を振って10~20分置く」「お湯をまわしかけて霜降りにする」などの工程がある。これはどれも魚の生臭さを取るための下ごしらえだ。
魚臭の代表的な成分に「トリメチルアミン」がある。海中に生息する魚は、海水の塩分と浸透圧のバランスをとるため体内に「トリメチルアミンオキシド」という物質をため込んでいる。これはそのままならほのかに甘いだけだが、魚が死ぬと体表に住む細菌や魚自身の酵素によって分解され、生臭さの原因であるトリメチルアミンになる。サバなどの青魚は特にこの生臭さが気になりやすい。
このにおい成分は魚の表面のぬめりや血合いに多く含まれているので、お湯をまわしかけて固め、水で洗い流すことで生臭さが抑えられる。これがいわゆる霜降りだ。
また、魚のぬめりは濃い塩水に溶ける。魚に塩を振ってしばらく置くと水分が出てきて濃い塩水になるので、これを拭き取ることでもにおい成分を取り除くことができる。
煮汁に使われる調味料や食材にも生臭さを減らす働きがある。酒やみりんに含まれるアルコールには、蒸発する際に生臭さの成分など、他の揮発性成分も一緒に取り除く「共沸」という作用がある。また、みりんを加熱したときに生じる成分の中には、トリメチルアミンと反応してにおいを抑える効果を持つものもある。水だけでなくたっぷりの料理酒で味噌をのばし、砂糖だけでなくみりんを使って甘味をつけるのにはちゃんと意味があるのだ。
また、トリメチルアミンは塩基性の成分なので、酸性の食材や調味料と合わせると中和されて揮発しにくくなる。サバの酢締めやイワシの梅煮、サンマにスダチ……。思えば青魚は酢や梅、かんきつ類といった酸性のものと一緒に食されることが多い。これは青魚の生臭さを克服するために、先人たちが試行錯誤してきた結果だろう。洋風に食べるなら、トマトやワインを加えるのも効果的だ。
サバの味噌煮には酢を少量加えると生臭さが抑えられる。味噌大さじ2に対し酢小さじ1程度。酢のツンとしたにおいは煮ている間に揮発してなくなるので、できあがった味噌煮を食べても酢が入っているとは感じられない。
ショウガも生臭さを抑えるのに役立つ。ショウガの香りが生臭いにおいをマスキング、つまり覆い隠す効果があるほか、ショウガに含まれる成分がトリメチルアミンそのものを減らす脱臭効果もあると考えられている。生の魚よりも、ある程度火が通ってから加えた方が効果が高いので加熱の途中で入れるとよい。

ここまで、魚の臭みを減らす方法について紹介してきたが、冷蔵・輸送技術の発達した現在の日本では、十分に鮮度の良い状態で魚を手に入れることができる。したがって、あまり躍起になってにおいを消す必要はないともいえるだろう。むしろ青魚らしいにおいを楽しみたいなら、におい消しの下ごしらえはほどほどにすればよい。逆にお子さんが青魚のにおいが苦手な場合などは、丹念ににおい消しをしたものから徐々に慣らしていくのもよいだろう。
ちなみに筆者は、塩を振るか霜降りにするかどちらか片方の下ごしらえをして、煮汁に酒やみりんを使い、香りづけも兼ねてショウガを加えることが多い。おつとめ品を買ったり、買ってすぐに調理できなかったりして鮮度がやや落ちたときに、酢を少し加えることにしている。
また、昔はにおいの成分を揮発させるために時間をかけてよく煮ていたが、現在の鮮度のよい魚ではそこまでする必要はないし、長時間加熱すると身が硬くパサついてしまう。新鮮なサバを味噌煮にするのであれば、5分ほど煮たら落とし蓋を取り、スプーンで煮汁をまわしかけながら2~3分煮て、一度サバを取り出そう。それからとろりとするまで煮汁を煮詰め、サバを戻し入れて絡める。時間があればそのままなじませておくと、煮汁の味がサバにしみる。なじませる時間がない場合は、煮汁を回しかける時間を少し長めにするとよい。
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霜降りしたら冷水に取る

魚の内臓や筋肉には、タンパク質分解酵素が含まれている。イワシ、サバ、マグロ、スケトウダラなどはこの酵素の働きが強いので、調理の際には注意が必要だ。この酵素がよく働く55~60℃付近を長く保つと身の分解が進み、どろっと崩れやすくなってしまう。
このような状態を避けるためには、霜降りをしたら一度冷水にとって冷まし、煮るときは沸騰した煮汁に魚を入れること。また、常温から加熱する場合は、素早く温度が上がるよう少量ずつ調理し、沸騰するまでは強めの火加減で加熱するのがよい。
(科学する料理研究家 平松 サリー)
[NIKKEIプラス1 2021年11月6日付]
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