太宰も飲んだ?リンゴ酒再現 青森・五所川原市「津軽」

作家・太宰治の肖像写真の一つに、東京・銀座のバーでたばこを片手にスツールであぐらをかいた姿がある。無頼派を象徴するものだが、かわいい酒も愛した。故郷、青森・津軽のリンゴ酒だ。
太平洋戦争中の1944年に太宰が津軽地方を訪ねて書いた自伝小説「津軽」に出てくるリンゴ酒がこのほど再現された。五所川原市でリンゴ園を営む土岐彰寿さんら地元有志がプロジェクトチームをつくり、和風と洋風の2種類を商品化して今春から売り出す。
リンゴ産地の津軽ではかつて、自家製のどぶろく風のものから酒造会社による醸造酒まで様々なリンゴ酒が飲まれていた。ただ造り方の資料は残っておらず、小説にも味に関する記述はない。
土岐さんらは郷土史家、柳沢良知さんを訪ねてヒントを得た。小説では太宰にリンゴ酒を振る舞おうとする地元のSさんが家人に追加で2升の手配を頼む場面がある。戦中で物資が不足しコメも酒も配給制のころだ。
柳沢さんによるとSさんは実在する人物。妻が弘前市の酒蔵が集まる町の出身で、周辺には酵母の専門店も多かった。「当時のリンゴ酒は、日本酒の代用品だったのではないか」。この説を基に日本酒の酵母を使ってリンゴ酒を再現し「津軽」と名付けた。微炭酸に仕立てて、どぶろく風の味わいも残した。

一方、小説では旧制弘前高校時代に花街でぶどう酒を飲んだと思わせるくだりなど果実酒に関する記述もある。甲府に新居を構えたこともあり、山梨のぶどう酒に親しんでいた様子がある。「ハイカラ好きだったので、求めていたのはワイン風のものだったかもしれない」(土岐さん)
そこで白ワインの酵母を使ったリンゴ酒も造った。名前は「RASHO」。太宰が憧れてやまなかった芥川龍之介の代表作「羅生門」から引用した。
プロジェクトチームにはリンゴ農家や自治体の若手が集う。リンゴ酒再現は地域おこしを目的に始まった。小説では太宰を心こまやかに歓待する人が多数登場する。もてなしの熱量が高い津軽人気質を表しているとされる。「旅人を歓待するソウルドリンクとして根付かせたい」(土岐さん)

再現にあたり当時のリンゴの主流だった「国光」も使った。現代は後継品種で甘めの「ふじ」が主力。「昭和の味」を求める顧客の贈答用に原木をわずかに残して栽培する高齢農家からも国光を調達した。リンゴ酒の物語性を高めることで、農家の後継者育成にもつなげていく。津軽とRASHOの初回生産はそれぞれ約500本。4月29日から金木観光物産館「産直メロス」(五所川原市)などで販売する。
冒頭のバーの写真には後日談がある。撮影した写真家の林忠彦が撮ろうとしていたのは同じ無頼派作家の織田作之助。そこに太宰が「俺も撮ってくれ」と割り込んだ。泥酔している風でもどこか他人の視線を意識していたかもしれない。故郷で飲んだリンゴ酒なら、くつろいで酔えたのでは。そんな思いが広がる。
(青森支局長 伊藤敏克)
[日本経済新聞電子版 2022年3月31日付]
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