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土門拳と入江泰吉、巨匠を魅了した奈良「雪の室生寺」

時を刻む

戦後日本を代表する写真家で、奈良大和路を愛した土門拳(1909~90年)と入江泰吉(05~92年)。報道写真家としてリアリズムの旗手といわれた土門は「剛」、仏像や古寺の風景を叙情豊かに追い求めた入江は「柔」と作風は好対照ながら、ともに「女人高野」として名高い室生寺(奈良県宇陀市)の撮影に力を注いだ。とりわけ雪の室生寺は2人の巨匠を魅了した。

土門拳の「室生寺雪の五重塔全景」(1978年3月撮影、公益財団法人・土門拳記念館提供)

土門が初めて室生寺を訪れたのは39年の暮れ。弥勒堂の釈迦如来坐像(ざぞう)にほれ込み、室生寺通いが始まった。「室生寺にはなんど、いや何十ぺん行ったことであろうか。室生寺はいうにいわれぬ魅力にあふれた寺で、毎年行っても、行くたびに新鮮な、新しい魅力でぼくをとらえずにはおかなかった」(77年12月の日本経済新聞「私の履歴書」)

土門は戦後、写真集「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」でリアリズムを追求する社会派の報道写真家として注目を集める。しかし、50歳のときに脳出血で倒れ、35ミリのライカを自在に操ることができなくなってしまう。そこで三脚に据えつけた大型カメラに切り替え、再び古寺を巡り始めた。

「被写体が仏像や古寺の風景になっても終始、リアリズムの写真家だった」。土門のライフワークとなった「古寺巡礼」の撮影を内弟子として支えた写真家の藤森武さんはこう語る。絞りをギリギリまで閉めて長時間露光で撮り、手前から奥までピントを合わせるのが土門流。「情緒に流されて撮ることはしない。被写体の奥にあるものを引き出そうとする姿勢は一貫していた」

土門は当時の室生寺の住職、荒木良仙老師に「春夏秋冬のうち、いつの室生寺が一番美しいと思うか」と尋ねたことがある。老師は「梅の室生寺、桜の室生寺、青葉の室生寺、石楠花(しゃくなげ)の室生寺、冬枯れの室生寺、みなそれぞれに美しいが、強いて好みをいえば、全山白皚々(がいがい)たる雪の室生寺が第一等であると思う」と答えた。

何度も通った室生寺だが、その雪景色だけはどうしても撮れずにいた。58歳で2度目の脳出血を発症し、車椅子生活を余儀なくされた土門は、室生寺のカラー作品集を企画し、そこにはぜひ雪の風景を加えようと思い立つ。

土門拳の定宿だった橋本屋旅館(現在は食事のみ提供、2月17日撮影)

78年2月中旬から約1カ月、奈良の病院と室生寺門前の橋本屋旅館で雪を待った。だが、雪は降らない。「もう1日だけ」。そう言って滞在を延ばした3月12日の朝、玄関を開けると一面の雪だった。橋本屋の奥本裕会長はそのことをよく覚えている。

当時、旅館の女将だった母親が寝間着のまま「先生、雪」と叫んで知らせると、土門は「とうとう降ったね」と言って2人は手を取りあい、涙を流して喜んだ。「ドラマみたいな話。従業員もみな泣いていた。午前中に解けてしまう雪だったので慌てて境内に行き、車椅子の土門さんを弟子が担いで撮影していた」。土門にとって最初で最後の雪の室生寺の撮影になった。

入江泰吉の「吹雪く室生寺山内」(1975年2月撮影、入江泰吉記念奈良市写真美術館提供)

入江も雪の室生寺を何度も撮影している。奈良在住という地の利を生かし、雪が降ると分かるとすぐに駆けつけた。「雪が積もった日は、いつも知らない間に来ていた」と奥本さんは振り返る。

入江は仏像や風景など約8万点に及ぶ作品を残している。晩年、膨大な作品群から100点を自選作品集「奈良大和路 春夏秋冬」にまとめた。そのうちの一枚に選んだものが75年2月に撮影した「吹雪(ふぶ)く室生寺山内」だ。珍しく豪雪に埋もれた室生寺の境内で、木の枝から雪が落ちる瞬間を巧みにとらえた。

入江泰吉記念奈良市写真美術館の説田晃大・学芸員は「凝視する」のが土門なら、「眺める」というのが入江のスタンスと指摘する。「絞りを浅めにして、くっきりと写すことを嫌った。風や匂い、気配などを五感に訴えるように撮るのが入江の手法だった」

平安時代初期に建てられた金堂(2月17日撮影)

2人が写真に収めた五重塔は98年、台風による倒木で被害を受けたものの、2年後には修復されて優美な姿を取り戻した。境内には2020年9月、宝物殿が完成し、土門が「日本第一の美男の仏像」と絶賛した国宝の釈迦如来坐像や、同じく国宝の十一面観音菩薩立像などが移された。

2月17日、今冬4度目の積雪となった早朝の室生寺を訪れた。金堂をすぎて石段を上ると、雪化粧の五重塔が現れた。静かな境内に、春の雪がしんしんと降り積もる。室生寺を愛した2人に思いをはせ、カメラを構えた。(岡本憲明)

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