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名筆支える南都の煤  古梅園の奈良墨

匠と巧

足や手で練り込んだ墨玉を木型に入れ一定時間プレスして取り出す=大岡敦撮影

11月2日から、奈良墨の老舗、古梅園(奈良市)で墨の「型入れ」作業が始まった。暑い時期は原料の一つの膠(にかわ)が傷みやすいため、墨の製造は例年、気温が下がり、空気が乾燥する晩秋から翌年4月末まで。いまも古くから伝わる製法と変わりなく、熟練の墨職人が丹念に墨を作っていく。

墨の原料は煤(すす)と膠だ。膠は牛の皮などを煮込んで作るコラーゲンのことで、煤を固める役目を担う。煤と膠を混ぜ合わせ、そこに麝香(じゃこう)などの香料も加え、墨玉を作ることから始める。

作業は朝6時から。この道40年のベテラン、岡部敏次さん(70)が「型入れ」の作業をみせてくれた。足で踏んで練り上げた墨玉を、立て膝になって作業台に手で押しつけ、ほどよい硬さになるまで何度も練り込んでいく。触ってみると、グミのように軟らかい。

墨玉を量り、文字や図柄が彫られた木型に入れ、15分ほどプレス機で押さえてから木型から取り出す。表面にシワがあったらいけない。型入れの出来がいいのをツラがそろうと言うのだとか。長年の勘と経験が必要な墨作りの勘所だ。

新人は1丁型(15㌘)の墨を1日30個がやっとだが、ベテランになると1日に300個以上を仕上げる。一人前になるには3年はかかるという。「丁寧にやるというのが一番。最初に教えられるのがそれです。どんどん慣れてきても丁寧にやる」

取り出した墨は木灰に埋めて水分を除き、さらにワラに結んで室内の天井からつるして1カ月~半年、自然乾燥させる。完成品になるまでは約1年かかる。

墨は飛鳥時代に高句麗の僧、曇徴(どんちょう)がその製法を伝えたとされる。松ヤニを燃やして作る「松煙墨」が主流だったが、室町時代に興福寺の灯明の煤を集めて作った「油煙墨」が評判を呼び、「奈良墨」として製法が確立。1577年(天正5年)創業の古梅園では伝統の製墨法を守ってきた。

奈良製墨協同組合によると、手作りの固形墨は大量生産できる液体墨に押され、生産量は1丁型換算で年間50万丁程度。ピークの1935年の45分の1以下だ。古梅園の職人は4人と30年前の半分以下に減り、かつては完全に分業だった作業をオールマイティーにこなさなければならない。

煤を集める「採煙」の土蔵では、イグサをよった灯芯で菜種油を燃やすオレンジ色の炎が揺れていた。煤の付き方に偏りがないよう20分おきに土器の覆いをずらしていく。蔵の中では200の炎が揺れるが、1つの炎からとれる煤の量は2時間で1㌘にも満たない。

「採煙」作業は夏場もあり、蔵の中には窓もない。本橋大司さん(56)は「我慢のいる体力仕事だが、唯一無二の仕事という誇りもある。若い時は気づかなかったが、いまは若い人にしっかりバトンを渡していきたい」。奈良墨は2018年、国の伝統的工芸品の指定を受けた。伝統を受け継いできた墨匠によって生み出される逸品。漆黒の墨を求めて世界中からファンが訪れる。 (岡本憲明)

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