滋賀・伊吹山に幻のソバ? 在来種はどう復活したか
とことん調査隊
滋賀県米原市で「幻のソバ」が復活し、周辺府県のソバ好きが集まっているという。人呼んで「伊吹源流そば街道」。ソバといえば国内の主な生産地は北海道や長野県のはず。近いところでは福井県も有名だ。食通ではないが、馬齢を重ねてソバの味わいに目覚めた記者が幻の正体と復活のストーリーを探った。

まずは滋賀県庁で情報を集めた。幻のソバって何ですか。「伊吹山麓でつくられている『伊吹そば』です。普及している改良品種ではなく、平安か鎌倉時代から伊吹山の修行僧が栽培したとされる在来種です」。食のブランド推進課の成相桂さんが教えてくれた。
伊吹そばは国が地域ブランドとして保護する地理的表示(GI)に2019年に登録された。ソバでは3品目しかない。農林水産省の統計を調べると、滋賀県の19年産のソバの収穫量は296トン。トップの北海道の2%にも満たない。改良品種の大規模栽培ではなく、独自品種を売り出すブランド戦略のようだ。
基礎知識を仕込んだところで、伊吹山が間近に見える伊吹そば生産組合を訪ねた。在来種復活のキーパーソン、伊富貴(いぶき)忠司組合長は「国の減反政策でコメからの転作作物として注目しました」と話す。
伊吹山麓で江戸時代に盛んだった在来種の栽培は、一時ほとんど途絶えていたという。ソバ畑があった太平寺地区の住民が鉱山開発に伴って1960年代に集団移転したためだ。
伊富貴さんは「60年代以降も自家消費用に在来種を栽培している人がいました。そこが奥まった姉川上流の集落だったので、他品種と交雑しなかった。本来の特性が守られたのは幸運でした」と振り返る。当時の県の農業改良普及センターの協力も得て、95年から本格栽培に取り組んだ。

在来種の特徴は小ささだ。直径4.5ミリ以下の実が全体の70%以上という出荷規格を設けている。「ソバの独特な香りや淡い緑色を生み出すのは、胚芽を薄く覆う種皮です。伊吹そばは小粒な分、実に占める種皮の割合が多く、香りが強くなる」と伊富貴さん。1千粒あたりの重さは代表的な改良品種「信濃1号」の35グラムに対して、伊吹そばは22グラム。小粒さが際立つ。
ソバは天候に影響されやすい作物だが、20年産の在来種収穫量は前年の1.5倍の38トンの見通し。生産者は団体・個人を含めて12に増えた。栽培は軌道に乗っているようだが、課題はないのか。
米原市の伊吹庁舎で農政課の鎌田亜裕美さんに聞いた。「在来種の作付面積はこの7年間で2倍近い56ヘクタールに増えました。種子の安定供給が重要になっています」。ソバの花粉を媒介するミツバチの行動半径は2~3キロといわれる。同市内では改良品種のソバも栽培されており、交雑を避けて姉川上流に3カ所(計5ヘクタール)の採種地を確保した。
生産者らの次の目標は在来種を生かした地域の活性化だ。提供するソバ店は現在の3店から、さらに2店増えるという。土日のみ営業する「久次郎」は姉川を遡る一本道に沿って建っていた。生産者の「いぶきファーム」の代表、谷口隆一さんが経営する。
つなぎに小麦粉を2割使う「二八そば」。まずは何もつけずに、次は塩だけ、つゆでも食べてみる。辛みのある特産の伊吹大根のおろしが合う。独特の香りが鼻に抜け、かみしめると滋味深い。いわれてみれば、ほのかな甘みも感じる。
ただ、記者には改良品種のソバとの違いまでは分からない。感想の言葉を探していると、谷口さんが言った。「在来種を大事につないだ人の歴史がある。そのストーリーが味わいを深めるんです」。ご当地に来て食べることの意味を教えられた。
(木下修臣)